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(2002年6月18日付)
「福田官房長官が日本の非核3原則変更の可能性を示唆」――こうした見出しのニュースが一斉に日本の新聞におどったが、これに関しては日本メディアの取り上げ方自体が、福田官房長官の発言の一部だけを誇張、拡大している感が否めなかった。
しかし、海外ではさらにこの問題に拍車がかかっている。この発言がより一層、誇張拡大されて、アメリカの主要紙であるニューヨークタイムズに掲載された。「非核3原則を変更する見込みが高まっている」「アメリカが本当に日本の安全を保証してくれるのか、日本は懐疑的になっている」
アメリカ人の日本専門家たちは「これは誤報だろう」と当初から慎重な見解を維持してきたが、それ以外の安全保障専門家(特に軍備管理、核兵器不拡散問題関連の専門家)の中には、「ようやく日本は本音を表しはじめたか」と考えている人々が意外にも多い。
「あの日本の政府高官の発言について皆はどう思うか?」――6月12日、カーネギー平和財団で開催されたある会議でも、この話題が議論の半分以上を独占した。アメリカ・メディアの影響力は大きい。一度報道されてしまえば、既成事実化しかねない。
「アメリカ・メディアによる日本報道の質は、日本政府の政策面での実績と正比例しているんです」――在ワシントンDC日本大使館のスタッフの話だ。
日本政府が安全保障や経済改革で大胆な政策を打ち出しているときにはそれ自体がニュースになるので、非常にバランス感ある報道が可能となる。他方、日本政府が何ら主だった政策もとらず、相も変わらぬ沈滞した社会ムードが続いたり問題ばかりが目立つ状況では、それだけでは記事としてニュース性が認められない。
結局、東京支局発の報道記事は在米本社編集部でボツにされてしまう。そこで東京支局には「少しぐらい無理をしてでも面白い記事を書き上げて何とか紙面に掲載してもらおう」という誘惑にかられやすくなる。その結果、煽動的でとんでもなく偏見に満ちた報道記事や、明らかな誤報までが日本関連記事で目立つ。
今回の福田官房長官の発言に関する報道にも同様の悪影響が見受けられる。ただ、広島や長崎における原爆投下という戦争の記憶や倫理観だけに基づいて核兵器廃絶を訴える日本の姿は、海外から「あまり現実的な姿勢とは信じ難い」と見られがちな状況がそもそもある。
「いつか朝鮮半島が統一して核兵器を保有する南北統一国家が誕生したら日本はどうするのか?」「中国がこのまま短距離核ミサイルをさらに近代化して増強してゆけば、日本はどう対処するのか?」
残念ながら、倫理観だけに立脚して安全保障を語る日本の姿は、諸外国が国益中心で競り合っている国際環境下では理想的すぎて嘘っぽく見られるところがあるようで、海外からかえって信用されないことが多いようだ。
むしろ、核兵器保有という政策面での選択肢について現実主義の立場から日本の国益に照らして検証し、「だから核兵器保有は日本の国益に反する」との結論を導き出した方が説得力を感じさせるようである。
日本を取り巻く国際環境は今後どのように推移して、それは日本の安全保障にどのような意味合いを持つか? いかなる条件が揃えば、日本国内で核武装支持の世論が強まる可能性があるか? それを予防するためにどのような外交、安全保障政策(例えば対中国軍備管理軍縮政策)を講じておくべきか? こうしたシナリオを想定した検証作業は決して無益ではないどころか、むしろ結果的には日本を大きく利することになろう。
「『非核3原則』は政治家が、しかも政府内の人間が『価値中立的』に議論できる対象ではない、という認識が福田官房長官には不足していたと思う」――ある若手日本人で新進気鋭の国際政治学者のコメントである。
とすれば、海外に説得力ある議論を提示していくことは、われわれ民間の役割であろう。
(モントレー国際問題研究所主任研究員)