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アメリカから考える日本の座標軸

【アメリカから考える日本の座標軸 10】
古川勝久


日中関係と歴史問題――

理性的な対話の努力、若手の育成を

(2002年5月21日付)


 5月初旬、ワシントンDC。米国務省と中国外務省との間で非公式会合を設ける機会に恵まれた。参加者は米中ともに、軍備管理・軍縮関連の部局に勤める中堅クラスの外務官僚で、いずれも数多くの国際交渉を経験している。その会議の最中、ある国務省スタッフが中国側にたずねた。

 「米日と中国との間でお互いに軍事力の透明性確保に向けた話し合いを始める気はないか?」

 これを聞いた中国外務官僚の一人は突然、声を張り上げて怒鳴った。

 「日本は何をしでかすかわからない国です! 中国に対するあの歴史問題の対応ぶりを見ればわかるでしょう! 日本は軍事力をドンドン増強しているし、我々は日本に対して深刻な疑念を抱いています。とてもそんなことなどできません!」

 これには国務省側も、とりつく島も無いという感じになってしまった。

 米国の安全保障専門家たちからも、「中国を訪問して驚いたのは、米国のミサイル防衛構想より何より、日本の歴史問題に対する警戒感の方が圧倒的に強いことだった」との感想をよく聞く。諸外国でかなり理性的と思われる人々でさえ、「日本はやがてまた同じような戦争を繰り返すのではないか」との懸念を真剣に抱いている人々が多い。

 しかしその一方、中国側で明らかに扇動的な発言も見うけられる。例えば、4月下旬、あるシンポジウムにおける駐サンフランシスコ中国総領事の基調講演。

 「文部(科学)省などの日本政府当局は戦時中、虐殺(がなかったということ)で(若者を)洗脳しようとしている」

 「日本の国会は憲法を改正し、日本の国外への派兵を許した」

 「(日本の歴史)教科書には…『戦争は良い』という内容がある」

 いずれも明白な事実誤認を含む発言である。このような無責任な言動には毅然と抗議しなければならない。

 中国側がこのような批判を繰り返せば繰り返すほど、逆に日本側では、「しょせん、中国は歴史問題を外交カードとして使っているだけ」との醒めた見方が強まり、中国との信頼醸成や対話に真剣に取り組む動きが鈍くなってしまう。

 楊大慶ジョージワシントン大学助教授は、歴史問題を巡る日中間の確執について次の通り指摘する。「日中双方に言えることですが、いわゆる『強硬派』と呼ばれる人々の間に共通して見られる傾向は、お互いのことをあまり知らないのに、相手のイメージだけは先行して作り出していることです」

 争点となっている歴史的事件を実際に経験したことのない世代の人々が、その事件の追及または否定に最も熱心になる傾向は、他のさまざまな事例でも観察されている。互いにそこに自らのアイデンティティーをかけているかのようである。そのような状況では、たとえ正確な情報を入手しても、故意に悪意に満ちた解釈をするものも当然出てこよう。

 そうでなくても、海外に住んでいると、いかに日本を正確に理解してもらうのが困難か、相手を的確に理解するのが難しいか、日々の生活の中で痛切に感じる。「インターネット高度情報社会がこれらの問題を解決してくれる」などという考えは、実態とむしろまったく逆だ。

 我々日本人が海外における日本像を正確に認識し、さらに海外に日本をできる限り正確に認識してもらえるよう、積極的に情報発信及び受信を継続してゆくことで、議論が故意に歪められるのをある程度まで防ぐことはできるはずだ。

 これは理性的な対話や討論を始める上でも、極めて重要な基礎作業である。たとえ少数派であろうとも、このような理性的な対話努力を着実に継続する若手グループを、日中間で育成してゆかねばならない。これは現世代に課された責務であると言えよう。

(モントレー国際問題研究所主任研究員)