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(2004年5月4日付)
米英首脳は4月16日、6月末に予定されているイラクにおける主権移譲後の受け皿となる暫定政権を国連主導で選ぶというブラヒミ国連事務総長特別顧問の提言を歓迎する意向を示し、イラク政策を大きく転換した。
また、ネグロポンテ米国連大使は、来年1月末までに実施予定の直接選挙を支援する国連要員を警護する新たな多国籍軍の創設を盛り込んだ国連安全保障理事会決議の採択を目指す方針を明らかにした。
フセイン政権崩壊から1年、深刻さを増す治安状況のなか、行き詰まる占領統治の打開と復興を国連に求めようとする方向転換は、米国の苦しい立場と国連への期待を象徴するものである。
その一方、4月27日にブラヒミ氏が主権移譲後の統治案について安保理に報告、それをふまえた新安保理決議案について、「国連主導」をめぐる駆け引きが早くも始まっている。
ところで、イラク問題を通じて国連はその役割を果たしてこなかったわけでは決してない。国連イラク支援団(UNAMI)の設置や、昨年10月の安保理による全会一致での多国籍軍派遣など、国連は自らの存在を示すことに腐心してきた。
しかし、イラク開戦時における安保理の決裂以来、イラクへの制裁解除を決めた昨年5月の決議1483にみられるように、国連は常に「補助的な」役割しか与えられてこなかった。そして、占領統治への不満の矛先は、本来中立であるはずの国連にまで向けられた。20人の死者と100人以上の負傷者を出した昨年8月のバグダッド国連事務所への爆弾テロ事件は、その悲劇的な結末であった。
周知の通り国連は、第2次世界大戦の惨禍を繰り返すまいとの誓いのもとに創設された普遍的な国際平和機構である。その思想的系譜は、今から200年前、「永遠平和のために」を著したカントにまでさかのぼる。主権国家体制に起因する闘争状態をいかに極小化し人間生活の分断を克服するか。国際機構は、そのために生み出された人類の経験的産物といってよい。
国連は、国際連盟の反省から武力不行使を徹底し、「紛争の平和的解決」を目指す一方、憲章第7章にもとづいて安保理を中心とする集権的な集団安全保障体制を構想した。憲章42条では軍事的強制措置を規定し、そのための部隊として国連の指揮・統制による国連軍の設置を予定した。
兵力の型については、国連の常備軍を創設するという案も選択肢の一つとして検討されたが、結局、強制行動のつど、加盟国があらかじめ提供を約束した兵力で国連軍を編成する国連用待機軍の制度が採用された。
しかし、兵力提供のための特別協定は締結されることなく、憲章が描いた国連軍による強制行動は、冷戦を背景とした常任理事国、なかんずく米ソ対立による安保理の機能不全の結果、画餅に終わった。
冷戦が終結した今日、対立が解けた安保理によって武力行使の権限を与えられた多国籍軍が、様々な地域紛争に積極的に介入することが慣行化している。
イラクに展開する多国籍軍もこれに類する。国連軍と多国籍軍の違いは、指揮権の所在にあるが、国連軍の結成は今後も難しいであろう。その理由は、自国軍隊を国連の指揮下におくことに対する大国、とくに米国の強い警戒心にある。
国連の平和活動への米国の参加を国益と合致するか否かで判断するとした、1994年のクリントン政権時の大統領指令(PDD25)はこの考えを示すものである。自らの警察も軍隊ももたない国連は、このように常に大国の政治的な思惑に左右され続けてきた。
しかし、大国抜きの世界秩序構築もまた非現実的であろう。プリンストン大学のリチャード・フォーク教授は、「国連は大国の支持がなければ有効性を失うが、大国を抑制できなければ正当性を失う」と述べて、国連と大国との関係を的確に表現している。
平和強制(peace‐enforcement)が限界を示す一方、停戦後の監視や兵力引き離しを担ってきた国連平和維持活動、いわゆるPKOが紛争後の平和構築(peace‐building)と結合し、PKOの任務が治安維持から人道援助、選挙監視にいたるまで多機能化する傾向がみられる。
カンボジアをはじめ、コソボ、東ティモール、シエラレオネなど、国家の再建、復興支援という重要な役割を担うなかで、国連は紛争予防から平和創造、平和維持、平和構築にいたる「国連平和活動」の経験と実績を積み重ねてきたのである。
また、今後イラクで期待されるように、PKO以外の形でも国連は政治的・経済的・社会的側面でこれまで地道な取り組みを行ってきた。しかし、ボスニアやシエラレオネ、東ティモールなどにおいて、国連要員が報復の標的にされたり、拘束、殺害されるなど、対立と憎悪がさめやらぬ戦後復興プロセスへの関与には常に困難と危険がつきまとう。
イラクの復興も例外ではない。しかし、このような任務を担いうる機関は国連をおいて他にない。
池田SGI会長が本年の「SGIの日」記念提言で述べているように、「世界191カ国が加盟する最も普遍的な国連こそが、国際協力の礎となり、その活動に正統性を与えることができる存在にほかならない」からである。
米国のユニラテラリズム(単独行動主義)が進行する今日の世界において、暴力の連鎖を断ち切り、国連を中心とした多国間主義にもとづく平和秩序を再構築できるかどうか。イラク復興はまさにその試金石である。
(創価大学教授)
略歴なかやま・まさし 1959年、兵庫県生まれ。創価大学大学院博士前期課程修了。専攻は国際法。共著に『地球市民をめざす平和学』、論文に「国際テロと国連安全保障システムの課題――米国による対アフガン報復攻撃と自衛権をめぐる議論を中心として――」など。2000年から2001年まで、ハーバード大学ケネディスクール客員研究員。