
(1998年4月25日付)
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インターネット時代迎え、監視強化に危機感 |
今国会で審議される盗聴法(通信傍受法)推進の論拠の一つに、欧米先進国での同種の法施行がある。しかし、前回紹介した欧州の事例が多くの問題点を露呈しているのと同様、米国でも盗聴法を制定して以来、その適用範囲が拡大してほとんど歯止めがないほどである。在米の研究者から寄せられたリポートを掲載する。
盗聴と言えば米国はその元祖といえるくらい、捜査当局による盗聴は、おとり捜査とともに重要な手段となっている。と同時にその弊害も事あるごとに問題視されてきた。
時の大統領、ニクソンを辞任にまで追いやったのはウォーターゲート盗聴事件だったし、エドガー・フーバー連邦捜査局(FBI)長官による黒人公民権運動指導者、マーチン・ルーサー・キング牧師に対する電話盗聴を知らぬものはいない。最近になってジョンソン大統領が、ベトナム戦争遂行に懐疑的だったハンフリー副大統領の電話を盗聴していた事実が学者の調査で判明している。
盗聴問題に詳しいドロシー・デミング・ジョージタウン大学教授によれば、捜査当局による無差別的盗聴が顕在化したのは一八九五年ごろからという。
一時下火になったものの五〇年代から七〇年代にかけては盗聴はまさに全盛期。マフィア取り締まり、赤狩り、公民権運動、反戦運動とその時代を反映した捜査当局の危機感が盗聴活動を正当化してきた、とデミング教授は言う。
目に余るプライバシー侵害に対して憲法違反だとの批判が出てきたのは六〇年代後半になってからだった。
自らへの捜査当局の盗聴はプライバシーへの侵害であり、憲法修正第四条違反だと訴えた一市民の主張を最高裁が認める判決を下したのは一九六七年(カッツ<VS>米国政府)。これを受けて米連邦議会は翌年、捜査当局の盗聴活動に厳しい制約をつけた盗聴法、「総括的犯罪防止・路上安全法」を成立させた。
同法は捜査当局が盗聴する場合には、
(一)盗聴する対象者にそれだけの嫌疑があり、盗聴以外の手段では捜査が困難なことを立証する資料、また盗聴場所などを明記した文書を裁判所に提出、判事の許可を得ること。
(二)盗聴期間は最高三十日間とし、延長する場合は改めて判事の許可を得ること。
(三)盗聴記録は裁判終了後、十年間裁判所が管理保管することなどを規定。さらにこれに違反したものには最高三年の禁固刑を課するなどの罰則規定をもうけている。
一見完璧(かんぺき)そうな盗聴法だが、問題も少なくない。例えば裁判所に盗聴許可を申請し、判事によって拒否されたケースは過去八年間で一件(連邦裁総務局報告書)。つまり「令状に関してはほとんど捜査当局の言いなりに出されている」(米国自由人権協会〈ACLU〉A・C・セーガル事務局長)といえないこともない。
司法省の調べによると、九六年捜査当局から裁判所に出された盗聴許可申請件数は一千百五十件(九五年は一千五十八件)。一件につき一千九百六十九回の会話を傍受したが、そのうち検察当局が公判で役立つとしたのは二一・四%の四百二十二回だけだった。しかも盗聴にかかる費用はなんと一件につき平均四万六千四百九十二レ(約五百九十九万七千円)。費用対効果比からいっても問題になる数字だ。
もっとも盗聴したケースのうちの七一・四%は麻薬関係。麻薬取り締まりでは盗聴が欠せない捜査手段になっている面も見逃せない。
その後九〇年代に入って捜査当局は議会に対し新たな盗聴法の立法化を求めた。通信機器の驚異的な発達、通信の暗号化などで犯罪者の手口が巧妙化し、捜査当局としては現行法制下では盗聴も解読も難しくなってきた。そのために通信機を提供する電話会社、インターネット・プロバイダーに対し通信機器の改造を求めたのだ。これを受けて議会は九六年「デジタル電信電話盗聴法」を成立させた。通信機器改造の費用は連邦政府が負担、技術面では捜査当局と電話会社などが綿密な協力をすることを条件に同法の実施開始時期を九八年十月と定めた。
しかし同法案内容や審議の在り方をめぐっては当時からACLUやインターネット関連団体からプライバシー侵害だとの反対論がくすぶっていた。
「個人の電子メールから銀行口座まですべてを捜査当局がチェックするとはまさにジョージ・オーウェルの警察国家ではないか。国民間の論議もせぬまま議員たちも大した論議もせずに発声投票でこっそり法案を通してしまった」(エレクトロニック・フロンティア財団のディビッド・ソベル法律顧問)
そして完全実施時期を七カ月後に控えてACLUらプライバシー保護を唱える諸団体が動きだした。ACLUは三月十七日、十六ページの「デジタル時代における盗聴」と題する緊急報告書を発表。十一月の中間選挙に向けて動き出した上下両院議員に対して犯罪防止のための盗聴強化か、個人のプライバシー保護かについて再考を促し「踏み絵」を突きつけた恰好(かっこう)だ。
「インターネット時代を迎えて個人のプライバシーをどう守るのか。我々は今その岐路に立っている」
同報告書はそう訴えている。
(カリフォルニア大学バークレー校客員教授)
略歴 たかはま・たとう 米カリフォルニア大学卒業後、読売新聞社入社。ワシントン特派員、政治部総理官邸、外務省、防衛庁キャップ、政治部次長を経て調査研究本部主任研究員(日米外交担当)。九五、九七年と読売新聞社から派遣されてカリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院客員教授(日本報道論)、九八年から同大学院東アジア・メディア・センター主任研究員兼客員教授(東アジア報道論)。著書に『中曽根外政論』『レーガンの次は誰か』『行政改革』など。目下「日米報道比較論」を執筆中。