
(1998年4月11日付)
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暗い過去(ナチス)の記憶が蘇り、与党が分裂の事態 |
犯罪捜査に電話などの通信傍受を認める法案を含む「組織的犯罪対策3法案 」が先月13日、閣議決定され、今国会で審議されることになった。組織犯罪対策 の法整備はサミットの国際公約となっているものの、とりわけ“盗聴捜査”を容 認する「通信傍受法案」は、憲法が保障する市民的自由を侵害する恐れが強い。 ここでは「盗聴法と市民社会」と題し、様々な観点から問題点を洗い出していき たい。第1回は、欧州における盗聴法について、パリ在住のジャーナリストから 寄せられたリポートを掲載する。(4月と5月の第2、第4土曜日に掲載)
先ごろドイツ連邦議会及び参議院で可決された盗聴法案は、「私的住居の不 可侵権」を保障する基本法第十三条の修正により、「組織的犯罪」対策として司 法・警察当局が個人の住居にマイクロホンを隠して盗聴することを可能とするも のである。
容疑者との接触の嫌疑さえあれば、議員や刑事事件担当弁護士以外は誰でも 盗聴の対象となりうる原案に対し、職業上の秘密を守り、証言を拒否する権利を もつジャーナリスト、医師、弁護士が直ちに抗議の声をあげた。
九月の総選挙を控え、犯罪対策に敏感な国民の票欲しさに、与党・キリスト 教民主社会同盟と妥協して盗聴法を可決させた野党・社会民主党は三月、立場を 豹変(ひょうへん)。
同法案に反対する緑の党と、連立与党でありながらコール首相の意向に背い た自由民主党の一部と共に、最終的には穏健な修正案を採択させた。盗聴対象か ら医師・弁護士・ジャーナリストなどを外した修正案に、関係職業団体は一応安 心したようだ。
しかし、問題は盗聴の対象だけであろうか? 週刊誌『シュピーゲル』と「 ツァイト」紙は、第十三条の改正自体、国家側の他の暴虐を許す突破口となりう る、と警告する。「組織的犯罪」の明確な定義も、盗聴の法的手続きも曖昧な盗 聴法案には、乱用に対する保障は何もない。「ドイツでは秘密警察が管理不能で あることは経験済みだ」と、暗い過去に注意を促している。
第二次大戦中、猛威を振るった秘密警察ゲシュタポのような政治的警察組織 の形態が、戦後、連合国によって一切禁止されたことにより、ドイツのナチズム はとどめを刺されたはずであった。
ところが実は、冷戦体制の文脈のなかで、国内情報組織「連邦憲法保護局」 、政治的事件の調査を行う「連邦刑事局」、対外情報組織「連邦情報部」、また 国防省下に「軍事保護局」が作られ、戦後十年にして西独の国家公安システムは 完成したのである。しかもこれらの情報機関の上層部に、かつてナチスの情報部 や警察で養成された「専門家」が返り咲き、共産主義者の調査・監視に大いに「 能力」を発揮した。
その後の緊張緩和の時代、「敵」のカテゴリーは共産主義者の枠組みを超え 、過激派やテロリストばかりか、学生運動、反核・平和運動、環境保護運動まで 、市民運動も監視の対象となる。
八二年の保守中道コール政権発足以来、法的基盤を欠いていた国家公安機関 の合法化が進められ、特に冷戦の終結後、その合法的特権は拡大の一途を辿(た ど)っている。
九二年の「麻薬密売・組織的犯罪対策法」で、刑事事件における秘密調査、 情報収集手段が承認され、九四年の国境警察法では、外国との衛星電話・無線通 信の警察による傍受、憲法保護局への伝達が認められた。
今回の盗聴法も、共産圏の崩壊で引き起こされた国際的犯罪の急激な増加を 懸念する与党が、公安システム合法化の一環として十年前から可決を図っていた 法案だったのである。皮肉にも、これほど綿密に整備されている秘密警察システ ムの効果は疑わしい。
ドイツの専門家によれば、西独の秘密警察が得た最大の調査結果は、盗聴や 潜入による膨大なデータではなく、単に東独の崩壊によるものであったし、ノル ウェーでも、情報調査・監視システムの犯罪防止における存在意義は論理上可能 だが、実践上の成功率は極めて低い、と報告。
またスウェーデンでは、秘密警察が集めた情報の真偽は問題ではなく、監視 の対象に関して作り上げたモデルを正当化できる証拠の獲得が目的とされ、パル メ首相暗殺事件の捜査では、秘密の情報源として占者の助力さえ頼りとした、と いう。
一七八九年の人権宣言で通信の秘密尊重の権利を定め、「自由と人権」の伝 統を誇るフランスでさえ、故ミッテラン政権下の大統領府に作られた非合法な秘 密情報機関が、国家機密保護や犯罪対策とは関係なく、ジャーナリストや作家、 女優、政敵などを盗聴していた事件が暴露された。
特に八五年、国際環境保護団体グリーンピースの核実験監視船爆破事件に、 フランスの情報機関、対外安全総局が関わっていたことをスクープした『ル・モ ンド』紙記者の自宅やオフィスが盗聴された件は、国家の監視システムがいかに 本来の目的を逸脱し、権力側のマスコミや世論操作・管理手段に利用される危険 を秘めているかを証言する最も顕著な実例だ。
欧州各国の課題は、個人が享受すべき人権のひとつである「保安」を擁護す る名目で、国家がその人権自体を踏みにじる逆説的な現状の打開であろう。
その国家の逸脱を戒める歯止めとして、欧州人権裁判所が権威を増しつつあ る。欧州人権条約第八条に定められた個人の私生活、通信尊重の権利を侵害され た市民は、国内の裁判結果に納得できない場合、直接人権裁判所に訴えることが できる。
各国当局に被害者への賠償命令を下すだけでなく、九一年、盗聴の条件や手 続きの法的な定義が欠如していたフランスに、新たな法律や盗聴管理委員会の設 置を実現させ、具体的な拘束力を証明した欧州人権裁判所は、各国の相違、特質 を超え、法治国家の様々な伝統の総合体として欧州市民を支えるだろう。
民主主義や人権の擁護が、盗聴や監視のような非民主主義的方法では不可能 であることに国家権力が気付く時まで。
(ジャーナリスト)
略歴 みさき・ろいよ・ゆみこ 1965年広島市生まれ。創価大学文学部社会 学科卒。87年渡仏。89年ソルボンヌ(パリ第5)大学社会学修士課程、91年専門 研究課程修了。93年から時事通信社パリ支局勤務。現在、映画分析を通し現代の 倫理を探る博士論文を準備中。