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週刊誌クリティーク

連載コラム
「週刊誌クリティーク」

【49=完】


『週刊新潮』捏造記事を選んだ雑誌ジャーナリズム賞の罪と罰

(2001年12月25日付)

 2年間お読みいただいた本欄も最終回を迎えたが、最後に筆者自身を対象にする『週刊新潮』(12月27日号)の「本誌を『捏造週刊誌』と断じた元読売記者の正体」を取り上げたい。

 筆者はこのほど『言論のテロリズム』(鳳書院)を上梓した。これはかの「信平狂言騒動」が、『週刊新潮』の記者が深く関与した関係者たちによる「やらせ事件」であったことを、17枚のMDから立証したものである。

 録音記録の内容は、裁判の判決と見事に符合するもので、彼らの謀議の会話を明確にとらえている。同誌側がいかに抗弁しようと事実は覆えされず、同誌も捏造誌の汚名を拭うことはできない。もはやその「負け犬の遠吠え」をクリティーク(批評)しても意味はなく、別の角度から検討しよう。

 それはでっち上げの「信平手記」の記事に与えられた平成9年・第3回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の「スクープ賞」の行方である。この賞は出版14社から111人の編集者が参加し最高得点で獲得した。ベテランであるはずの編集者たちがこんな捏造記事に「スクープ賞」を与えるとは――まさにブラックユーモアではあるまいか。

 ここに現在の週刊誌の特質、本質が明示されているのだろう。記事の真否を判断する時間は十分にあったのに、ただ読者の関心を引き、売れさえすればいい、人権への配慮もいらない、という週刊誌の“陰の部分”を浮き彫りにしている。選定に関与した人々の投票の根拠は、また今どう責任を感じているのか、ぜひ教えてもらいたいものだ。

 日本雑誌協会は、「反人権雑誌を許すな」という世論に応え、来年3月から「読者相談室(仮称)」の設立を決めた。読者の不満、抗議を受け入れる窓を開こうというのである。遅すぎたきらいはあるが、結構なことだ。週刊誌の自浄作用と活字文化の健全な発展を祈って、この欄を閉じたい。

(山本栄一・ジャーナリスト)