![]()
(2001年9月4日付)
社会変動の波はあらゆる分野に広がっているが、長い間、“聖域”となっていた国立大学も今や例外でなく、政府は国立大学に法人格を与え、独自に運営させる「独立行政法人化案」を打ち出し、今後、再編、統合、実績ある国公私立大学への予算重点配分などの実施を決めている。
つまり親方日の丸の惰眠をむさぼっていた大学にカツを入れようというものだが、『AERA』(8月27日号)の「日本を捨てる高校生たち」では、怠惰な日本の大学を見限り、高学力、高意欲の欧米の大学を目指す若者の増加を伝えている。
むろん全体から見ればまだ少数派だが、この傾向は兵庫県の灘高校をはじめ全国の名門進学校に見られ、海外留学をサポートする河合塾国際教育事業部の調査でも、日本の高校から米国の大学への進学はここ5年間で2倍以上になっているという。
同誌に登場する留学生らの意見に共通するのは「遊び、時々勉強」の日本の大学に失望、「将来につながる学問」に重点を置く海外の大学に魅力を感じて…というものだ。それを裏づけるように同誌同号の「国立大学のお気楽体質」では、教官たちの怠惰な実態にメスを入れる。
講師から助教授、教授への自動的昇格、競争原理から遠い無風のタコ壷状態では、ろくな研究成果も生まれない。某大学では「学生は4年間の客と考えればいい」とうそぶく古参教授もいるという。
こんな姿勢は学生にも投影して学力、知識欲の低下を招き、「キャンパスのレジャーランド化」をさらに加速させる。この風潮にストップをかけ、希望に溢れる真の学問の府、人間教育の場を構築するにはどうすればよいか。ここでも構造改革が求められるだろう。
(山本栄一・ジャーナリスト)