![]()
(2001年4月10日付)
満開の桜、入学式、新学期……学校がもっともフレッシュに華やぐ季節。だが、その裏側にちらつく暗い影は問題教師の存在だ。『AERA』(四月二日号)は「こんなにいる問題教師」として“百人に四人”の現状を報告している。
教員仲間からも「M」、「マルM」などと隠語で呼ばれる問題教師は、全体からみれば少数派だが、ことが人間育成に大きく影響する教師だけに看過(かんか)できない。
大阪府教育委員会は昨年十一月、府立高校と養護学校の教員約一万一千人中、約四百二十人が「生徒や児童を適切に指導できない」問題教師であると公表した。
調査の範囲を小学校、中学校まで拡大すれば、数字はさらに増加するに違いない。またグレイゾーンに属する者まで加えると、そら恐しくさえなる。文部科学省も今国会に、こうした教員を本人の同意なしに他の職種に異動させる法案を提出した。
同府教委では三つのパターンに分類している。子供が嫌いでいじめさえ見ぬふりをするような「適性の欠如」、まともな授業ができぬ「指導力不足」、多様な児童に対応しきれぬ「支援必要な教師」、注目すべきはこれらの教師が四十代後半から五十代に集中している点だ。
教職が「広き門」だった時代に就職し、熱意に乏しく高齢化していくグループ、一方、少子化で激減する新卒教師、そのアンバランスさが指摘できよう。
“聖職”という言葉はとうに死語化して教育サラリーマンに変容したが、職員室と呼ばれる閉鎖的な“空間”では、相互にかばい合い、新卒者ですら一人前扱い、授業や生徒指導に校長も簡単に発言できぬ職場ムードが、ダメ教師を生む温床となっている。
来年度から落ちこぼれ防止のための新指導要領「総合的な学習」が実施され、いっそう教師の資質、能力が問われる。「生徒にとって教師こそ最大の教育環境」という至言を心底深く銘記したい。
(山本栄一・ジャーナリスト)