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(2001年2月27日付)
『週刊新潮』生みの親、斎藤十一氏の編集方針は、「大衆が興味を持つカネと女と事件を」だったが、この類いの記事で埋め尽くされる週刊誌の中で、ふっと心温まるものを目にするとなぜか嬉(うれ)しい。
「妻介護奮闘記」(『週刊朝日』二月十六日号)は前高槻市長・江村利雄さん(76)の人間ドキュメントだ。江村さんは、寝たきりで幻夢をさまようパーキンソン病の妻・登美子さん(77)を介護するため、「市長の代わりはおるけど夫の代わりはおりまへん」の“名言”を残して在職半ばで辞任、もう二年間も看病に明け暮れている。
「主婦の仕事の六割はでけるようになりました。つくづく女の人は偉いですわ」と笑いながらも、「介護はあまり一生懸命したらあきまへん、静かにやるもんです。人間らしく憎んだり、お尻をつねったり、これを繰り返してハードルを越え、やっと笑いも出てきます」と“介護哲学”を語っている。
痴呆の妻と同じ目線に立ち、はぐくんだ夫婦のリズムで時には怒らせ、褒(ほ)め、励まし、絶えず病室を訪れては、ものいわぬ妻の手足をマッサージしている。
曽野綾子さんはエッセー「昼寝するお化け」(『週刊ポスト』同日号)で、世界的な免疫学者・石坂公成さん夫妻の闘病記を紹介している。
妻の照子さんは十年前に脳神経系の病気で倒れ、山形市の病院に入院しているが、夫は毎日、背広にネクタイ姿で病室に“出勤”、まず夫妻が好きだったタンゴ曲のCDをかけ、無言の妻に話しかけては一緒に食事をし、枕元で論文の執筆もするという。
発病後、一九九二年の結婚記念日、まだ意識のあった照子さんはこんな手紙を夫に書いた「…四十三年の間、大事に大事にして下さって、有り難うございました」。大事に大事にと重ねて書く文字から、夫婦の濃縮された愛情がにじみ出る。忸怩(じくじ)たる思いに駆られるのは筆者だけだろうか。
(山本栄一・ジャーナリスト)