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週刊誌クリティーク

連載コラム
「週刊誌クリティーク」

【25】


大衆人気主義の“空気”醸す新春合併号の罪と罰

(2001年1月16日付)


 新年の幕開けとともに、週刊誌には石原慎太郎氏の登場が目立つようになった。『週刊宝石』は「(石原氏の)“二十一世紀への緊急提言”」、『週刊ポスト』は政治学者の政局シミュレーションとして「石原新党」誕生をほのめかし、『YW(Yomiuri Weekly)』では「首相公選、出馬する」とまで宣言させている。さらに同誌は「公選、あなたならだれ」の長文の記事で、石原氏や田中真紀子氏がだんぜん優位というアンケート調査も掲載している。(各誌いずれも新春合併号)

 国民の政治不信、森首相への人気や信頼度の低迷を反映するものといえるだろうが、ここで問題にしたいのは、ポピュリズム(大衆人気主義)の台頭であり、こうした“空気”の醸成(じょうせい)に一役も二役も買う週刊誌の取り上げ方なのである。

 『YW』では慎重に公選制度のはらむ危険性、公選反対意見なども列記しているが、四百十一人の回答のうち、いずれの年代でも両氏への投票が多く、他の政治家たちを大きく引き離していることに注目したい。たしかに石原氏の辣腕(らつわん)ぶりも、田中氏の歯切れよくモノをいう個性も否定するものではないが、蒲島郁夫・東大教授が言うように「首相としての資質よりも人気度、有名度が優先している。思想的に右寄りを自認する石原氏や口舌賑やかな田中氏が国の指導者として適当か」の疑問も消えるものではない。

 怖いのはこうした懸念を持ちつつも、安易に選択してしまう問題意識の低さだろう。田中氏の父、角栄元首相の収賄容疑が論議された頃、贈賄側のロッキード社のコーチャン氏は米上院の聴聞会で、「日本人はクライメイト(風潮、傾向)に弱く、贈賄はロ社に好ましいクライメイトを作るため」と証言した。

 日本は明確な論理よりもムードや風潮、あるいは空気によって動かされることを百も承知していたのだ。非論理な衝動性からの脱却も今年の課題の一つではあるまいか。

 (山本栄一・ジャーナリスト)