![]()
(2000年10月17日付)
池田創価学会名誉会長の『教育提言』(九月二十九、三十日 聖教新聞掲載)は、 「二十一世紀と教育―私の所見」の題名が示すように、混迷の渦中に沈滞して、多く の不祥事態を惹起(じゃっき)している教育力の衰弱を鋭く追及、教育を手段視する 風潮を改め、「教育のための社会」の構築を強く主張している。
約二万二千語に及ぶ論文は、教育のあらゆる側面を網羅、しかもたんなる理念だけ でなく、幼稚園から大学にいたるまでの具体的な教育改革の方向性や試案も提示し、 注目の教育基本法の見直しについても拙速を避けるよう言及している。この『提言』 は社会への大きな警鐘となるだろう。
ところが『週刊朝日』(十月二十日号)の巻頭記事「名誉会長の一喝で吹き飛 ぶ!? 森内閣の目玉政策」では、『提言』の真意を理解せず、名誉会長VS森首相 のバトル…などと低次元な形に矮小化している。
また“(提言が)政教分離の壁をぶち抜く”というナンセンスな表現にも驚かされ る。宗教団体の指導者が教育の在り方について、深い洞察と信念に基づき発言するこ とが、政教一致にでもなるというのか。『提言』の高邁(こうまい)な精神の一片す らつかんでいないようだ。
記事では、つねに反学会の言辞を弄し、それを“売りもの”にしている平沢勝栄議 員をまず登場させ、「こんな怖いことはありません。ついに恐れていたことが起こり ました。怖いことです」などと発言させている。なにが怖いのか。名誉会長が『提 言』によって政治を支配するとでも言いたいのか。見当外れの愚言でしかない。
週刊誌の役目として、本来なら『提言』と、いま進行中の教育勅語復活まで盛り込 んだ基本法見直し論を対比検討し、どちらが教育改革に資するか、正面から論評すべ きだろう。そうした姿勢もなく、永田町への波紋などという狭い視点に固執する短絡 的な筆法には、ただ失望するばかりだ。
(山本栄一・ジャーナリスト)