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(2000年8月22日付)
現代科学技術の粋を集めた超音速旅客横コンコルドの墜落事故は、全世界に衝撃を 与えた。科学信仰の一端が破綻したのである。
『ニューズウイーク』(日本版、八月九日号)は「空の旅の死角」として特集し、 『アエラ』(十四日、二十一日合併号)も「墜ちたフランスの威信」の記事を掲載し た。
前者は墜落の状況を詳細に述べ、「それでも続く次代機開発」として、米仏、ロシ アばかりでなく日本もこの競争に参加計画を進めていると解説している。後者はフラ ンスの突出した航空技術と庶民生活の貧困、荒廃を対比させ、底流するのはショービ ニスム(見せたがり主義)と指摘、同国の抱えるアンバランスさを批判している。
筆者は一九六四年六月、日本から一人、フランス航空宇宙工業会の招きを受け、開 発中の同機と“対面”した。パリの南東四十キロ、ムラン市の郊外、古めかしい工場 だったが、ロールス・ロイス社のオリンパスシリーズという巨大エンジンのすさまじ い騒音に、呆然とした。担当者は「必ず解決する」と自信をみせたが、結局、一二〇 ホンの騒音と衝撃波、従来機の三倍もの燃料消費による大気汚染が同機の普及のネッ クになった。
スピードという観念は社会的な行為の所産で、スピード化は社会の要求とされてい る。人類の歴史も一面ではスピードヘの挑戦でもあった。経済の自由競争下では“先 んずれば制する”という理念が優先されて、少しでも早く…が至上命令になってい た。
だが循環型社会が要望され、多くの社会構造の矛盾に直面した現代人にとって、音 速の二倍というスピードは、本当に必要かという根本的な命題に立ち返る必要がある だろう。かりにパリ―東京間を四時間に短縮しても、空港から都心まで渋滞で二時間 かかるとしたら、ナンセンスも極まれりである。地球という限りある空間を、なに故 に超高速で移動しなければならないか。解答はみつかっていない。
(山本栄一・ジャーナリスト)