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(2000年6月27日付)
戦後の“ベビーブーム”を構成した人々、いわゆる“団塊の世代”も今は、五十歳 の坂を越えた。三十年前は大学闘争の闘士、その後は経済高度成長の戦士となり、現 在は社会の中軸として活躍している。その人たちが集まり、今と昔を語り合う座談会 を収録した『サンデー毎日』(七月二日号)はなかなか興味深い。話の焦点は「我々 は子育てに失敗した」「立ち止まり、足元を見つめる時が来た」…いずれももっとも ではないか。
「学生も個性を失いみな平等な“消費者市民”になった」(立松和平氏)、「反 面、偏差値、親の収入の格差など新しい階級社会が生れた」(牧野剛氏)、「群れる ことでの成長、楽しみを失なった」(鈴木基司氏)、「親子の関係も曖昧なまま、親 は子を甘やかし子は親を甘やかす。教育制度にもそれが現れ、子供の教育に失敗し た」(立松氏)、「子供は草木と同じ、肥料や水や光が大事だが、与え過ぎると腐 る。子供を大事に育てる意味をはき違えてきた」(高橋公氏)…一人一人が反省の声 を上げ、「豊かさや幸せを問い直そう」と結論づけている。
同誌同号の大型コラム「考える日々」でも文筆家の池田晶子氏は「大人が子供に接 するに際し、『教える』『叱る』ではなく、『理解してあげよう』『話してごらん』 という態度をとるようになった。荒廃した子供の心に接する仕方が、自分に自信のな い大人にはわからず、猫撫で声をだしては、いよいよ嘗(な)められる」と指摘、十 七歳犯罪の遠因はここにあると主張している。
問題は何をどう教えるかだが、かつてイスラエルの小学校教師が筆者に語った教育 方針を思い出す。「私は次の五点を教える。(1)強くなる、(2)優しくなる、 (3)モノを作れる、(4)ヘブライ語(国語)を正しく喋(しゃべ)り書く、( 5)音楽が好きになる」…。
きわめて具体的で簡にして明、日本の子供にも望まれるものが全部ここにあるだろう。
(山本栄一・ジャーナリスト)