

(1998年11月7日付)
毎週、書店から二十冊ちかい週刊誌が配達されてくる。まず目次を開いて、読んでみたい記事から読んでいく。困るのは一つも読みたい記事がないときだ。「よりにもよって、週刊誌はなんでこんなにツマラナイ話題ばかり集めるのか」と、つい腹だたしくなる。
たぶん、こういう週は、週刊誌の売れ行きも悪いにちがいない。週刊誌が売れ筋の話題で売ろうとするかぎり、それは避けられない問題だ。こういうときこそ、固定読者をつかむ努力をしている週刊誌が強いはずだ。
今週も私の目をひいたのは、『アエラ』の記事だった。とりわけ、「老人力」という特集が面白かった。この言葉は、そもそも作家の赤瀬川原平の考案によるものだ。その当人の定義はこうだ。
「ごく単純にいえば、物忘れとか、ため息とか、同じことを繰り返すとか、要するにマイナスとされていた状態ならではの、おもしろさ、独特の味わい深さでしょうか。/たとえば、肩の力が抜け、寛容、『テキトー』になる。これはこのコンピューター時代、人々が身につけてしまったコセコセした気分を削ぎ落としてくれる貴重な力ですよね」
そして記事には、その「老人力」をしたたかに身につけた吉本隆明、森毅、後藤田正晴など錚々(そうそう)たる面々が登場し、「独特の味わい深」い言葉を披歴している。たとえば、吉本はテレビ番組「電波少年」に出たことをきかれて、次のように答えている。
「くだらないのばかり出やがってって言われるんだけど、自分の実質より下に見られるのはいい。気楽でしょ。逆に自己評価より上に見られたらオレ困るぜ、って」なんとも飄々(ひょうひょう)とした、含蓄のある言葉ではないか。また、「カミソリ」の異名をとった後藤田は、「あきまへんな。脳みそが小そうなったしな」と記者を笑わせている。こういう記事を読むと、週刊誌もまんざら捨てたものではないと思えてくる。
(玉木明・評論家)