

(1998年10月31日付)
忘れがちだが、ジャーナリズムには「問題を提起する」という大事な機能がある。ある社会事象をとりあげ、そこにある問題点を読者に提示して、いっしょに考えてみようというわけである。今週の週刊誌からその問題提起型の記事を拾えば、さしずめ『アエラ』の「結婚しないけど、別れない2人」という記事が、それにあたるだろう。
最近、愛し合っているけど、いっしょになりたいとは思わないカップルが増加しているのだという。たとえば、同棲(どうせい)するようになって十年にもなるが、いまだに籍を入れていないカップル。彼女は「心地よさよりも息苦しさが増してきたら、この同棲は潔く終わらせようと自分にいい聞かせている」のだという。
そして、「籍を入れるのも、夫の付属品として扱われるようで納得できない」と彼女はいうのだ。そのいっぽうで、「年老いた時の自分が寄り添って生きていける相手は彼しかいない」とも思っている。
東京と岡山で別々の生活をしながら、遠距離恋愛中の二人。しかも、会うのは一年のうち一度きり。「年末から翌年の正月にかけての数週間を一緒に過ごすだけ」なのだという。その彼女は「たとえ愛し合っていても、内面を切り刻むような苦悩や負の感情まで分かち合うべきではない」と考えているのだ。
当然、親は心配になるだろう。「まだ結婚したくないなら、それでもいい。婚約だけでもしておくわけにはいかんのか」と、父親がいうのも理解できる。が、そんなことをいっても、何がどうなるわけでもない。コラムニストの清水ちなみさんがいう。
「親が悲しむから、会社を辞めたいからという理由で結婚する人がいますが、結婚したあとも幸せなのか勉強しておく必要がある」
これだけは当人同士の問題だが、彼らも案外うまくやっていくのかもしれない。年頃の娘をもつ親としては、ずいぶん考えさせられた記事だった。
(玉木明・評論家)