

(1998年7月25日付)
自民党が“フクロ叩き”にあっている。あれだけ参院選に惨敗したのだから、それも当然のなり行きだろう。
もっとも手きびしいのは『アエラ』だ。日本の経済が再び「右肩上がり」を回復する見込みがない以上、「自民党という政党の存在意義は、歴史的に終わった」と断じている。有権者が「ノー」を突きつけたのは、「特定の問題」に対してではなく、「自民党の政権担当能力」に対してだからだ。そうであるなら、「自民党は、このまま何度選挙をやっても、負け続ける」ということになろう。
これだけ惨敗しても、いまだ派閥の力学から脱しきれず、相も変わらない政権の“たらい回し”のドタバタ劇を演じているようでは、ますます自民党離れが加速するという見方が出てきても当然なのだ。
『ニューズウィーク』も手きびしい。次のようなアメリカのコラムニストの評言を、自民党の先生方はどう受けとめるのだろうか。
「日本の政治を動かしているのは、政党間の公正な競争ではなく、単一の保守政党内の内部抗争だ。縄張りと利権をめぐって抗争を続けるヤクザの世界と大差ない」
そのような「抗争」を経て選ばれる新総裁、新首相に対しても、大きな期待は寄せていない。「市場とクリントン政権」は、新首相に「迅速な行動」を望んでいるが、それは「まったくの未知数」だというのである。そして、次のようにつづける。
「日本はこれまで何度も、必要な行動をためらってきた。今回もそうなれば、ひとまず落ち着いたかにみえる金融市場での『日本売り』が再燃するだろう」
いまや新総裁、新首相に対する関心は、国民の、そして国際社会の信頼を回復できるだけの政策をうち出せるかどうかに集まっている。もし、それが失望に終わることにでもなれば、自民党のみならず、日本の将来が危機に瀕(ひん)するのは必定だろう。
(玉木明・評論家)