

(1998年6月6日付)
おかしくなっているのは、なにも政治や経済だけではない。学校も家族も危うくなってきている。いまや、日本の社会システムそのもの、日本人の価値観そのものが、根底から問われているのだと思う。もちろん、マスコミも例外ではありない。
創刊十周年を迎えた『スパ!』が、三号連続で「真正面から真面目にマスコミの問題」を特集するという。大いにやってもらいたいものだ。一回目の今週号は、まず「マスコミが“仮想敵”のように報道したり、批判したりしている人々」からの「話」を特集している。マスコミの片隅に身を置くものの一人としては、耳の痛いことばかりである。
とりわけ気になるのは、政治報道に対する批判だ。仙谷由人衆院議員(民主党)は「政局報道」はあっても、「政策報道」がないと批判している。たとえば、サッカーくじの場合、反対にまわった田中真紀子衆院議員が注目され、大きく報道されたが、サッカーでも日本船舶振興会のような天下り組織が作られる危険性があり、これがスポーツ施設という公共事業の補助金の配分機関になる可能性もある。そういう「議論の中身とプロセスが政策問題として報道されるべき」だというのだ。
このような批判は、いままでにもなかったわけではない。おそらく、その背景には、記者クラブ制度や番記者制度の弊害が指摘できるにちがいない。しかも、その弊害については、ほとんどの記者が周知しているはずである。が、いっこうに改善される兆しがない。日本のマスコミは「外にきびしく、内に甘い」といわれる所以である。が、もはや、そんなことで通るはずもない。
自らを改革できないマスコミが、政治や行政に改革を求めたところで、誰も真剣に耳を貸そうとはしないだろう。マスコミはもう一度、再生を誓った戦後の出発地点に立ち返って、自らの行く末を考えてみるべきなのだ。
(玉木明・評論家)