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連載コラム
「週刊誌ウォッチ・ドッグ」

週刊誌ウォッチ・ドッグ

【20】



松田聖子の再婚“劇”

自分の人生を演出する“天性のスター”

(1998年5月30日付)



 またまた松田聖子の話で恐縮だが、今回の突然の再婚劇にはびっくりした。そして、やはり聖子は不死身だと感じ入りもした。

 はるか昔のことになるが、現役の記者時代、某テレビ局のレストランで食事をしていると、お下げ髪の少女が一人で入ってきて、近くのテーブルに座った。田舎から出てきたての、まだあかぬけない、貧相な感じの少女で、どこかおどおどした態度が感じられた。それが松田聖子だった。まだ、彼女がデビューして間もないころだったと思う。

 その聖子が大変身をとげるのは、郷ひろみと別れ、神田正輝と電撃結婚してからだ。それは“ぶりっこ”聖子から、“悪女”聖子への大変身を意味していた。

 そして、正輝と離婚、一年三カ月後の今回の電撃再婚となるわけだが、これほどみごとな話題づくりもないだろう。聖子には、どうやったら自分に関心が集まるかを見抜く、本能的な勘が備わっているように思える。

 『週刊文春』に作家の林真理子が面白いことを書いているので、そのさわりの部分だけでも引用しておこう。

 「天性のスターというのは、無意識のうちに自分の人生を演出してしまうところがある。人を驚かせたり、人を喜ばせる方向に自分の人生の向きを変える。そのために傷つくことも多いが、やはり平凡なおとなしい生き方など彼らに出来るはずはない」

 しばらくは、テレビのワイドショーも週刊誌も、聖子の話題にもちきりになるはずだ。その話題を種にして、聖子はまた別の聖子に変身を遂げていくことになろう。聖子にとっては、私生活も舞台上の演技と変わらない。その意味でいえば、聖子はまさに「天性のスター」といっていいのかもしれない。

 それにしても、かつてのあのあかぬけない少女の面影と、現在のスター・聖子との落差をどう理解すればいいのか。女は不思議な生きものである。

(玉木明・評論家)