

(1998年5月9日付)
このゴールデンウイークに郷里に帰ったり、旅行に出かけたりした人も多かったにちがいない。その際、郷里や旅先で週刊誌を読んだかどうかを思い出してほしい。ちなみに、私はまったく読まない口である。読む必要もないし、読みたいとも思わないのだ。それでなんの不都合も感じない。
これはどういうことかと、いつも不思議に思っていたが、どうやらそれは週刊誌が面白いからとか、情報が必要だからとかにまったく関係なく、私たちが無意識のうちに抱いて(抱かされて)いる情報に対する飢餓感に関係がありそうだと、ようやく気がついたのだ。
すなわち、郷里や旅先にいるときに週刊誌を読まないですむのは、そのときだけは、その飢餓感からも解放されているからではないかというのが、私の読みである。
連休中はどの週刊誌も合併号で、新聞にも仰々しい広告が載らず、世の中がいくぶん静かになったように思えたが、それも束の間、また巷の喧騒が戻ってきた感じである。
連休明け(七日)に発売された『フォーカス』『週刊文春』『週刊新潮』を見ると、いずれもが突然、議員を辞職した細川元総理の話題と林葉直子・中原誠の「不倫暴露騒動」の話題を取り上げている。さしずめ、この二つがゴールデンウイーク中に世間を騒がせたハプニングの目玉ということになろう。
仮に、これを郷里や旅先にいる感覚で見れば、国会議員の一人が辞めたくらいで「どうってこともないさ」ということに落ち着く。まして、不倫問題など「どうだっていいではないか」とそっぽを向きたくもなろう。
だが、情報の飢餓感にさいなまれていると、そうはならない。つい、小銭を出して、その週刊誌に手を伸ばしてしまうのだ。そして、なんとなく安心した気分になる。いわば、情報中毒の慣い性である。せめて、年に何度かは、自分をその飢餓感から解放してあげるのも、悪くないような気がする。
(玉木明・評論家)