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連載コラム
「週刊誌ウォッチ・ドッグ」

週刊誌ウォッチ・ドッグ

【1】



伊丹監督の死、聖子騒動

――情報の怖さ利用した記事――

(1998年1月10日付)



 週刊誌の新春一号がほぼ出そろい、また巷間に喧騒(けんそう)さが戻ってきた。が、いくら週刊誌が騒いでも、ことの真相が明らかになるわけではない。逆に、週刊誌が騒げば騒ぐほど、真相がわからなくなることもある。

 ほとんどの週刊誌が扱っていたのが、伊丹十三監督の自殺と松田聖子のセクハラ騒動だが、いずれもその真相は薮(やぶ)の中。そうなると、憶測が憶測を呼ぶことになる。

 伊丹監督自殺の原因については、豪邸新築にからむ借金説、暴力団脅迫(きょうはく)説、映画不振説、初老期うつ病説などがとりざたされていたが、『週刊ポスト』は「何者かが、ある意図をもって自殺のお膳立てを用意したとしか思えないわけです」という推理作家・小林久三氏のコメントを紹介している。うがった見方だが、もとよりこのような推理に確かな根拠があるはずもない。

 松田聖子のセクハラ報道については、いつもの“聖子バッシング”の色合いが強い。もともとこの騒動には、告発人(聖子のバック・ダンサーをつとめたアメリカ人男性)の書いた暴露本を宣伝する意図が見え見えなのに、どの記事もそのことには一行も触れていない。

 そればかりか、告発人の言い分だけに依拠した「全文入手―元恋人が松田聖子に送りつけた『セクハラ通知書』」(『週刊現代』)「セイコよ、君も真実を話せ!」(『週刊女性』)といった告発記事ばかり。これでは額面どおりに受け取る人はいないだろう。が、これらの記事はそのことをいっこうに意に介さない。なぜなのか。

 どんな根拠のない推理、いいかげんな情報にも、それなりのメッセージ(意味)が含まれる。それが情報の怖いところだ。この種の記事は、意識的にしろ、無意識的にしろ、その情報の怖さを利用しているのだ。別のいい方をすれば、その情報の怖さを逆手にとる形で成り立っているのが、この種の記事だということになる。

(玉木明・評論家)