【Seikyo Media Page】Copyright (C) 1997-2001 by The Seikyo Shimbun.


ワシントンDC通信


連載コラム
「ワシントンDCの風」
辰巳由紀

【8】


ブッシュ政権の安保政策―その変容の理由
9・11テロが大幅な軌道修正を促す

(2003年8月5日付)


 ブッシュ政権は発足当初、何があってもクリントンと同じ政策はとらないという、いわゆる「ABC(Anything But Clinton)」という方針の下に、中国、北朝鮮、中東、不拡散……とあらゆる外交問題において、クリントン政権とは正反対の対応を打ち出していた。しかし、政権発足後3年が経過した今、ブッシュ政権の外交政策が、政権発足当初の方針から大きく変わってきていることは紛れもない事実である。

 なかでも興味深いのは安全保障政策の変容である。政権発足当初、ブッシュ政権は、クリントン前政権の政策を、従来の同盟国・友好国との関係を軽視するものであったと批判し、今後米国は、同盟国・友好国との協議を一層緊密に行っていくとしていた。米軍の海外派遣についても「米国は世界の警察官ではない」として、消極的な姿勢を見せていた。

 しかし現在、世界を見渡してみると、アフガニスタン、イラク、北朝鮮、リベリア、イランなど、米国が関与していない問題はないといってもよい。米軍の海外派遣についても、アフガニスタンにはじまり、イラクにおいては駐留の長期化や増派の必要性が議論されて久しく、リベリアに対しても、平和維持部隊が到着するまでという期限がついているとはいえ、最終的には米軍派遣を余儀なくされた。ブッシュ政権下の米国は実質的に世界の警察官になりつつある。

 このような変化は何故おきたのか。最もよくあげられる理由は、9・11のテロ事件により、ブッシュ政権が当初持っていた外交政策構想の基盤が根底から覆されたというものである。すなわち、ブッシュ政権が当初抱いていた外交政策の構想は主権国家が主要なアクター(行為主体)であることを前提としていたが、あのテロ事件以降、国家以外のアクターによる脅威の甚大さを直視せざるを得なくなり、軌道修正を余儀なくされた、という見方である。

 しかし、理由はそれだけではないのではないか。冷戦後、唯一の超大国となった米国は、1990年代を通じ、自国のあるべき姿について模索してきたといってもよい。クリントン政権時代の米国は、米国が持つ圧倒的国力を、環境、不拡散、人権など超国家的問題に取り組むために活用しようとした。

 これに対し現在のブッシュ政権は、米国の力を、自らのイメージにあった国際秩序を実現するために用いようとしているのではない。彼らが意図する国際秩序とは、国際社会のすべてのアクター(主権国家であるか否かにかかわらず)が一定の国際規範を遵守し、規範に反する行動をとったアクターに対しては軍事攻撃も含めた厳しい措置が取られるという秩序である。ブッシュ政権は、米国の国力をこのような秩序の実現に向けて用いることこそが米国、ひいては国際社会の平和と安全につながるという信念に基づいて行動しているのではないか。

 国際社会のアクターが一定の国際規範に則り行動するという社会を目指すという、その目的自体は必ずしも否定されるべきものではない。問題は、そのような社会の実現を急ぐあまり、独善的な世界観に基づいた行動を米国が取り、そのことにより、世界の不安定要素がかえって増大することである。日本をはじめとする同盟国は、米国の独善に歯止めをかけ、「米国の価値観=世界の価値観」ではないことを訴えつづけるという重要な役割を担っている。


 たつみ・ゆき 国際基督教大学卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で修士号取得後、在米日本大使館で専門調査員として勤務。2000年からヘンリー・L・スティムソン・センター研究員として、日本の外交・安全保障政策、北東アジア安全保障、日米安保、米国の北東アジア政策などについて研究した後、2001年から現職。