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(1999年8月21日付)
ジャーナリズム研究の米学者や専門家、ジャーナリストたちが集まって、ニュースメデ ィアが直面する諸問題について討議するフォーラムが、『メディア・スタディーズ・ジャ ーナル』という専門誌を出している。私の教えるジャーナリズム大学院などではいわば必 読の書である。
その九九年冬季号で「中国報道」と題する大特集があった。一九一〇年代にさかのぼっ て米メディアは中国をどう報道してきたのか、ニクソン訪中、天安門事件などを契機に中 国報道はどう変わったかなどについて、元中国特派員や歴史学者など二十数人が論文を寄 せ、それをまとめたものだ。
特に私が注目したのは同僚教授(中国報道論)、キャロリン・ウエイクマン氏が書いた 「天安門事件を超えて」というかなり思い切った論文である。
その趣旨はこうだ。〈アメリカの中国報道はここ十年「天安門大虐殺」が頭の中にこび りついていて、中国報道と言えば人権抑圧や反政府分子弾圧といった記事ばかり。まさに 、中国をDemonize(悪魔視)してきた。特派員の視点は随分変わってきたが、変 わらないのは在米のコメンテーターとコラムニストたち。なんとかならないものだろうか 〉
アメリカでは人権問題はいわば聖域。諸外国の人権抑圧を批判することはメディアにと って使命といった傾向が出来上がっている。
その意味でウエイクマン氏の指摘は挑発的ではあった。早速反論が出た。「天安門の現 場を見たこともない学者のたわごと」「天安門事件は現代中国そのものではないか」。
この論議を聞いていて、『ニューヨーク・タイムズ』のクリフトフ東京特派員(元北京 特派員)と食事をした時、「日本報道に比べたら中国報道はラクなものだ。人権抑圧と権 力闘争だけ注意していればいいんだから」と言っていたのを、ふと思い出した。
(高濱賛・在米ジャーナリスト)