(2003年8月19日付)
21世紀の青年よ―「人類共同体」に目覚めよ |
人類は、戦争の悲惨さに目覚めよ!――「戦争の20世紀」から「平和の21世紀」への懸け橋として、第2次大戦後の半世紀を核兵器廃絶のために生き抜いた知性の巨人、ジョセフ・ロートブラット博士(「パグウォッシュ会議」名誉会長)。「平和の人材」を育成する学府として開学3年目を迎えたアメリカ創価大学への期待や、少年期の反戦意識の原体験、未来に生きる青年へのメッセージなどを語ってもらった。(聞き手=長岡良幸)
――ロートブラット博士は、カリフォルニア州オレンジ郡に開学したアメリカ創価大学(SUA)が初めてお迎えしたノーベル賞受賞者です(2001年10月)。ちょうど9・11テロ事件の直後で、多くの人々が訪米をキャンセルする中で、博士は「池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が創立した大学を、ぜひこの目で見たい。学生に語っておきたい」――と。ロンドンからの長途の旅で体調を崩されたにもかかわらず、学生たちに声を振り絞ってのご講演は大きな感動を呼びました。 いでしょうか。
そうです、そうです。あの時のことは良く覚えています。
訪米のキャンセルなんて、とんでもない。そのような状況だからこそ、私はSUAをぜひ訪問したかったのです。
ロサンゼルス空港に到着した時、私は喉を痛めて声が出なかったので、SUA側から「明日の講演は中止にしたい」との申し出がありましたが、私は「大丈夫です。明日には少しは良くなっているでしょうから」とお答えし、予定通り行うことにしてもらったのです。
私は仏教徒ではありませんが、池田会長と私は「世界平和」という同じ目的に向かって、同じ信条を共有しています。
そして、深い友情で結ばれているのです。池田会長とお話ししていると、私たちの波長がピッタリ合っているのに気付くのです。
ですから、とても大切な使命のあるSUAの皆さんにお会いし、少しでもお話しさせていただけることが、本当にうれしかったのです。ただ、私の体調の理由で長く滞在できなかったことが残念でした。
SUAが目指しておられることは非常に重要です。(「平和を願うならば、平和の準備をせよ」という)私の講演に、敏感に反応してくださった学生たちの声を聞き、私も感動しました。
また、意欲あふれる教職員の方々にも心打たれました。本当に、皆さんがされていることは、とても大切なことだと思います。
――SGI会長は、聖教新聞に連載されたエッセーで、博士がただ一人、敢然と原爆開発の「マンハッタン計画」から離脱された勇気や、愛するトーラ夫人が残虐なナチスの犠牲になられた悲劇を乗り越え、反戦・反核の戦いを貫かれたことを紹介しました(『地球市民の讃歌』潮出版社刊に所収)。博士が若き日に、反戦・平和の意識を心に刻まれた原体験は何でしょうか。
私は帝政ロシアの支配下にあったワルシャワに生まれました。それより100年以上も前からポーランドは3つに分割され、ロシア、ドイツ(プロイセン)、オーストリアの3国の領土に組み込まれていたのです。
父は馬と馬車を所有して運送業を営んでいましたが、1914年に第1次世界大戦が勃発し、父の馬はすべて軍事用に没収されてしまいました。私の家族は一夜にして収入の糧を失い、貧乏のどん底に突き落とされたのです。私が6歳のころでした。
社会は怒りの一色に包まれ、病気が蔓延し、子どもたちはいつもお腹を空かせていました。
大戦中、ワルシャワも戦乱に巻き込まれ、わが家も苦労の連続でした。私は子ども心に「戦争は絶対に悪だ!」という気持ちを刻みつけたのです。
当時の私の楽しみは、空想科学小説を読みふけることで、特にベルヌの本が、科学への興味をかきたててくれました。
小学校を出ると家計を助けるために14歳で電気技師となり、働き始めましたが、「科学を通して、人間が戦争をしなくてすむような世界をつくろう、人々の苦しみを解決し、幸福に貢献しよう」という希望を抱くようになったのです。
――少年時代の貴重な体験をありがとうございます。SGIでは、21世紀を担う青年が「平和運動」「非暴力運動」の主体者として立ち上がっています。博士から青年世代へのメッセージを聞かせてください。
若い皆さんに託したいメッセージは、「人間性を忘れるな」(世界的な核兵器廃絶運動の淵源となった「ラッセル・アインシュタイン宣言」の一節)――との言葉です。
なぜ、それが大切なのか。今まさに「生命」そのものが危機にさらされているからです。
現代では、たった一発の爆弾で無数の生命が失われてしまう。そのような悲劇を絶対に起こさせてはならないと、私たちは常に決心を強めていかなくてはなりません。
私たちの一人一人が「人類共同体」の一員であり、その中で生を享受しています。ゆえに、その共同体を存続せしめる義務と責任があることを、決して忘れてはなりません。
科学、哲学、思想、その他たくさんの分野において偉大な発展を遂げてきた人類文明に、私たちの生活は大きな恩恵を受けています。
しかし、人類は、自らの愚かさによって、営々と築き上げてきた豊富な知的・物質的価値を(核戦争によって)瞬時に消し去り、自らをも絶滅させてしまうかもしれない危機に直面し続けているのです。
「人間性」という言葉は、すべてを包含しているのです。私たちは、この「人間性」を大切にはぐくまなければならないのです。
私が長年にわたって努力してきた「核兵器の廃絶」は、まだ達成されていません。核の脅威は、まだ身近にあります。というより、私がSUAで語った2年前よりも、さらに悪化した状況になっています。
私には、人類の存続のために努力し続けるエネルギーが、もっと必要です。私は真剣です。
私は94歳ですが、まだ死ぬわけにはいきません! 平和の潮流を、この目で確かめるまでは――。
Joseph Rotblat 1908年11月、ポーランドのワルシャワに生まれる。イギリスで核物理学を研究し、アメリカ政府から原爆開発の「マンハッタン計画」に招かれて渡米。しかし、ナチス・ドイツが原爆を製造しないことがわかり、勇気をもって同計画から離脱。国家的な迫害を乗り越えて、戦後の「ラッセル・アインシュタイン宣言」の起草に尽力した。「パグウォッシュ会議」の初代事務局長として核兵器廃絶運動を推進。現在、同会議名誉会長。ロンドン大学名誉教授。95年にノーベル平和賞を受賞。