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【米国の識者に聞く−インタビュー2003】


ノーベル平和賞受賞ベティ・ウィリアムズ氏に聞く

(2003年7月1日付)



世界の指導者よ子どもと女性の声を聞け

北アイルランドの教訓 「憎悪」は増殖する


 イラクでは戦後の治安回復と復興への苦しみが続く一方で、パレスチナ情勢は泥沼のようなテロと武力の応酬が続いている。かつて同様のサイクルを繰り返した北アイルランド紛争において、双方の女性を結集した奇跡的な市民の平和運動を起こして1976年度のノーベル平和賞を受けた平和・人権活動家のベティ・ウィリアムズさん(アメリカ・フロリダ州在住)に、テロ紛争根絶への思いを聞いた。(聞き手・長岡良幸)


戦争で子を失う母の痛みは同じ 

 ――ノーベル平和賞受賞後、行動範囲を世界に広げて、特に「子ども」と「女性」の声を高める努力を続けているのは、どのような思いからですか。

 子どもは、大人が考える以上に「常識」をもっています。それは子どもが本然的に身につけているものなのです。

 アメリカがイラク戦争に使った軍事費の半分ほどのお金があれば、本来なら私たちは世界中の飢餓問題を解決することができる。それを戦争に使うことが、いかに「愚か」であるか。子どもの目には明らかです。だから「すべての戦争を止めよ」という子どもたちの声を世界の大人に届けることが、平和の力となるのです。

 「裸の王様」の話はご存じでしょう。洋服を身にまとわない王様の真実の姿を、子どもだけが言えた――という素晴らしいお話ですね。私たちの世界においても、子どもは本当にそういうことができると思うのです。世界には、子どもが起こした戦争などありません。しかし、戦争によって大人以上の被害を受けるのは、いつも子どもたちなのです。

 女性についていえば、私のような女性を「反男性主義者」と見る人が時々います。しかし、それは誤解も甚だしい。

 昨年、息子が私に言いました、「母さん、僕ね、今のこんなご時世だからこそわかってきたんだけど、僕らが幼い頃に母さんがやってきたことは、僕が死なないように、僕の命を救うための闘いだったんだね」と。

 私たち女性は、男性を愛し、尊敬するから、男性を戦争になんかやりたくないのです。戦争が始まれば、女性の苦しみは計り知れないものになります。兄弟を失います。夫を失い、そして息子を失うのです。

 その母が日本にいようが、コソボにいようが、また、アメリカの母も、イラクの母も、息子や娘を失う母の痛みは同じです。母の嘆きに差などありません。その意味で私たち女性は、自分たちを分断するよりは、結び付ける共通のものをもっているのです。

 母親は、もう一つの生命を、わが身の中で育て、この世に生み出します――その愛しさ、慈しみの実感をもっている母親たちが、生命を奪う戦争を許すはずがありません。

 だから私は「世界の指導者よ、この子ら、母らの声を聞け」と叫び続けるのです。

“非暴力の闘争”を信念持って

 ――北アイルランド紛争においても、互いを憎むことが子どもたちに教えられました。人為的に増殖された「憎悪」が暴力・武力行使の温床ではないでしょうか。

 イギリスがアイルランドに侵略した時、アイルランド人はイギリス人に対して「冷酷」であるよう教えられました。残念ながら、「冷酷さ」を教えた世代よりも、教わった次世代の方が「冷酷さ」をよく習得して実践するようになってしまいました。当然、イギリスもより以上の「冷酷さ」で応じてくる。まるで、小さなネズミが円を描いて走りまわるように、「殺の応酬」という病理的サイクルとなっていったのです。

 私は北アイルランドで子どもたちを守るために命がけで戦いました。だから私にはテロリズムの病理がよくわかります。

 今、私が恐れるのは、イラク戦争の終わりは、決してテロの脅威の終わりではないということです。むしろ、ブッシュ大統領は「パンドラの箱」を開け、そこから悪魔を逃がしてしまったのではないかと思います。その悪魔が、罪もない良きアメリカ市民の生活を執拗に脅かしていくのではないでしょうか。

 もう一つ、私が憂慮するのは、「愛国心」という名の「人間を非人間化する熱狂」です。

 私の娘は看護師ですが、イラク戦争が始まったとき、職場の中で彼女だけが制服の下に星条旗のTシャツを着ていないのを同僚に激しく非難されました。しかし、娘は娘なりに、Tシャツを着ないという「非暴力の闘争」を、信念をもって続けています。

 アメリカの子どもたちは、毎朝、学校で星条旗に誓いをたてていますが、その誓いの本当の心とは「人類家族に対する誓い」であろうと思うのです。

 一つの部屋に、アフリカの子ども、中国の子ども、日本の子ども、イギリスの子ども、そしてアメリカ人の子どもを集めれば、皆一緒に遊ぶのです。大人がその中に入り、「この子とは遊んじゃいけません」と止めに入らない限り、子どもたちは自然に一緒に遊ぶのです。私たちが肌の色や国籍で違いを教えない限り――。

紛争退治は「ウソ」の退治から

 ――昨年12月にイラクに行かれました。イラクの子どもたちとの出会いが、イラク復興への熱い思いをかきたてているように見受けます。

 私をここまで突き動かしてきたのは、子どもたちへの思いです。

 イラクの人口の半分は15歳以下の子どもたちです。子どもたちの置かれている悲惨な状況を目の当たりにして、涙をこらえるのに必死でした。あの子らに「また来るから」と約束したことを、私は必ず果たそうと決心しています。

 いかなる戦争も、最初に消え失せるものは「真実」です。戦争はウソまたウソで飾られている。しかし、「真実」はいつまでも隠すことはできません。人々の努力でウソの飾りがはぎ取られた時に、美しき心の泉から「希望」がわき出てくるのです。