(2003年1月21日付)
|
「平和の文化」を人類の憲章に 紛争のトラウマをいやす治癒力 |
「国連の平和努力は新たな戦争をくい止められるか」――今、世界の神経がここに注がれている。一方、長期的な平和創出の努力として、国連は2000年を「平和の文化の国際年」、2001年から2010年を「世界の子どもたちのための平和の文化と非暴力の国際10年」と定め、教育を基軸としたプログラムを推進しており、SGI(創価学会インタナショナル)においても支援活動を行っている。国連総会における「平和の文化」の採択を推進したチョウドリ国連事務次長にインタビューした。(聞き手=長岡良幸)
――「平和の文化」という新しい概念を採択した国連の取り組みに重要な役割を果たされました。どのような困難がありましたか。
1998年12月から99年9月まで、国連総会での「平和の文化に関する宣言と行動計画」の採択に先駆けて9カ月のプロセスでした。今、振り返ってみると夢のようでもあります。
というのは、当時の国連には189カ国(現在は191カ国)が加盟していましたが、新しい「概念」を定義する文書一つを合意するのも、実に容易なことではないのです。しかも、特定の期間や状況に限定された事柄についての文書ではありません。「平和の文化」についての国連文書は、いわば世界人権宣言や国連憲章にも匹敵する次元です。
長期間にわたり各国の関心を集めることが必須であり、実際、プロセスに携わった各国代表団は、当初から一字一句の合意に関してまでも本国政府と連携をとる慎重さと真剣さがありました。そのために議論のプロセスは長引きましたが、出来上がった文書に大きな意義と価値を与える結果となったといえます。
当時、私はバングラデシュの国連大使でしたが、この作業のために公私にわたる時間を捧げました。しかし私には、ひんぱんに起こる文明間の熱い議論や価値観の衝突を含め、この作業が楽しみでした。
――途中で止めたいと思うことはありませんでしたか。どのようなモチベーション(動機)で責任を遂行されたのですか。
実際、ギブアップしたいと思ったこともありました。しかし、二つの思いが、私自身を励まし続けました。
一つは、現代世界には、国際社会を一つに結ぶ「意識」が絶対に必要だと思ったことです。私たちは皆、「一つの世界」の住人であり、互いの喜び、幸せ、苦しみや悲しみを分かち合っていくべきです。
私はそうした意識の確立が、理解・寛容・尊敬・多様性を前提とする「平和の文化」を目指すなかでつくられると確信したのです。国連に必要なものはこれだ、加盟国だけでなく世界の様々な社会や個人を平和へと啓発するものとなるだろう、と。
それまで「平和の文化」は人権の一部としての狭い枠内で論じられていましたが、私たちはもっと大きな次元の国際的な論議を呼びかけたのです。
二つ目は、「平和」への取り組みは、私の国のような小国こそが大事な使命をもっていると考えたからです。
「平和の文化」を実現するのは、軍事力でも経済力でもありません。平和意識が人間を強くするように、小国は「平和の文化」に取り組むことで強くなれる、大国より小国こそイニシアチブ(主導権)を発揮すべきだと。
この二つの考えが私を奮い立たせてくれ、「これは私の任務であり責任だ」と自覚しました。
――アメリカSGIの国際平和会議(昨年12月、フロリダ自然文化センター)で、「紛争と暴力に苦しんだ国こそ『平和の文化』を構築できる大きな可能性がある」と発言されました。「『平和の文化』を平和な地域からではなく、最も苦しんだ所から」という、その真意は?
戦争、紛争、暴力の苦しみをくぐり抜けた社会には、その苦しみゆえに「平和への希求」が強いのです。その社会の人々は紛争の残酷さ、悲惨さを、激烈な体験によって深く理解している。長年にわたる暴力と憎悪が自分たちの周りにどんな結果を生み出すか、身に染みている。平和の本当の価値を知っているからこそ、復興に当たって「この地に、もう二度と暴力を蘇らせてはならない」という強い決心があるのです。
こうした地域こそ、暴力と紛争による社会のトラウマを「平和の文化」構築のプロセスによって克服する必要性があります。しかも至急に始めるべきです。
――「平和の文化」の急所は「教育」と「民衆に力を与えること」というご指摘は、池田SGI会長が20年以上にわたり継続している「平和提言」のメッセージと共鳴し合うものです。間もなく1・26「SGIの日」を迎えますが、SGI会長の国連支援をどう評価されますか。
池田会長の国連の目的に対する支援と世界平和を生みゆくための貢献は大変に素晴らしいものです。私は、国連ならびに国際社会が池田会長の卓越した業績を正しく認識することが重要であると考えています。
特に、長年にわたり国連に「平和提言」を贈り続けてくださっていることに深く感謝申し上げたい。国際社会の中に、国連が果たしうる役割に対する疑問があった時代にも、池田会長は提言を通して国連支持を絶やすことはありませんでした。
その中で、ある時は核兵器の廃絶問題を通し、ある時は女性の役割や子どもの人権などの人類的課題を通し、国連の重要な役割に光を当ててくださいました。最近は「平和の文化」について論じてくださることも多く、とても心強く思っています。
現代世界に「平和の文化」をいかにつくり上げていくか、池田会長の智慧の言葉と、その思考を基軸としたSGIの皆さまの献身的な支援は本当に素晴らしいものです。こうした偉大なリーダーの貢献を、国連は世界に向けて称賛していくべきです。
略歴Anwarul K.Chowdhury 1943年生まれ。バングラデシュ国連大使を経て、国連事務次長。国連の安全保障理事会、経済社会理事会等で数々の重責を果たすとともに、ユニセフ(国連児童基金)を通じた国際活動にも携わってきた。