(2002年10月16日付)
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小泉首相の平壌訪問 北朝鮮の変化は本物か 米朝対話をも促した日本外交の画期的成果 約束履行するか金正日委員長の動向に注目 |
9月17日に行われた小泉首相の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)訪問、金正日国防委員長との首脳会談。日本国内では「拉致被害者」の消息が衝撃をもって受け止められたが、米国の専門家は今回の日朝外交交渉をどのように見ているのか――。ここでは、東アジア問題と日米関係に詳しいワシントンDCのシンクタンク、ポトマック・アソシエーツのウィリアム・ワッツ所長に「日朝平壌宣言」や東アジアの安全保障、核兵器やミサイルなどの大量破壊兵器の拡散防止など包括的な評価を聞いた。(野山智章論説委員)
――小泉首相の訪朝をどう評価するか。また、この訪朝は、従来の日・米・韓が連携した対北朝鮮政策に何らかの影響を及ぼすか。
金正日氏と数時間の会談を行った小泉首相の北朝鮮訪問は、驚きと困難に満ちたものではあるが興味深い成果をもたらした。金正日氏が北朝鮮工作員による日本人拉致を認め、さらに、その行為に対する謝罪の言葉を引き出したことによって、小泉首相は日朝間の長年にわたる緊張の中心的課題に関する重大な譲歩を引き出したと言える。
核兵器の開発問題についても、北朝鮮は1994年の米朝核枠組み合意<注を参照>に従うとの確約をとりつけたことによって、小泉首相は日米両国にとって特に重要な問題に進展をもたらしたと思われる。そして、「米国との話し合いを始める用意がある」との金氏の言葉を持ち帰ることによって、小泉首相はブッシュ政権のアジア問題担当者であるジム・ケリー国務次官補の平壌訪問への道を開いた。
これらは心強い進展である。この進展は、金正日氏と、世界から隔絶している北朝鮮政権が、近隣諸国のみならず、同国が最も付き合いたいとの意向を示した大国・米国との外交関係に影響を与える根本的な決定をしたかもしれないことを示唆している。
同時に北朝鮮は、一連の経済改革に乗り出した。国民一人一人が影響を受ける一連の市場、価格・賃金の変更を突如導入したことによって、北朝鮮政権はロシア、中国での実験と同じコースを取り始めている。しかし、これらの変化がどういう結果をもたらすかは、現時点では未知の問題である。これまで北朝鮮のだれ一人として直面したことがない一連の経済的規範の変更に国民全体が順応していく中で、国民生活の不安定化の可能性は非常に大きい。
――北朝鮮は大量破壊兵器の製造、テロ支援…と国際社会に脅威を与えてきた。今回の日朝首脳会談を通して何らかの変化の兆しはうかがえたか。
小泉首相の北朝鮮訪問を評価するに当たって、二つの傑出した要素がある。まず、理由はまだ判然としないながらも、金正日政権は北東アジアの安全保障に抜本的な変化をもたらす可能性をもつ政策段階について決定をしたかに思われる。もし、北朝鮮が本当に日本のみならず米国とも真剣な話し合いをする用意があるのなら、大きな変化が近づいていると言える。
拉致問題の罪を認めることによって、北朝鮮は「悪の枢軸」国から外される可能性に関して重要な一歩を踏み出した。主要な核問題についての確約がその可能性にさらにつけ加えられるかもしれない。この点において、ケリー米国務次官補の北朝鮮訪問は特別の意義を持っている。
ただし、これらの北朝鮮の具体的問題を考える時に、北朝鮮側のこれまでの行動にはかなりの懐疑をもつべき余地があることに注意が必要である。
金正日は本当に真剣なのか? 日本だけでなく米国とも実質的な会談を本当に望んでいるのか?
恒久的和解に必須である真の軍縮と信頼醸成への方向にその軍事的指導を向けるつもりなのか?
あるいはそれができるのか? 金大中韓国大統領の歴史的訪問時に約束したソウルヘの返礼訪問をする用意があるのか? 新しい経済改革は永続的なものなのか? あるいは国内の経済危機のなか海外援助と投資を引き出すための見掛け倒しなのか?
これらの疑問に対する回答はまだ出ていない。北朝鮮の姿勢と行動について明確な絵が見えてくるまでは、真の和解が近づいてきたと言うには時期尚早であろう。しかし、その可能性の範囲は大きく拡大した。真剣にその動向を見つめる者は長期的で慎重な目で見守りたいと願うだろう。
――北朝鮮を「悪の枢軸」の一国と見なす米国の方針は、小泉訪朝で変化するか。
恐らくより重要な意義をもつことは、日本が外交政策において断固とした主体的役割を担うことを主張する大きな一歩を、小泉首相が踏み出したことである。これまで何十年間も、日本はすべての外交政策のきっかけや先導を米国から得るということが当然のようになっていた。
とりわけ北朝鮮問題では、日本が直接近隣国の行動の脅威を感じた時でさえそうであった。北朝鮮の失敗に終わったミサイル発射で日本がその射程圏内におかれた後でも、日本は北朝鮮との対話の糸口を維持しておきたい米国の意向に合わせて対応を整えた。
誇張ではなく、小泉首相の北朝鮮訪問とその後の結果は、日本が外交政策の策定やその国際行動においてより積極的で前向きな役割を担う用意があることの前兆なのかもしれない。昨年の9・11「同時多発テロ」に対する小泉首相の迅速な対応に米国政府はうれしい驚きを持った。
真っ先にワシントン入りした指導者として小泉首相は、日本はブッシュ大統領の「テロとの戦い」を支持すると明言した。その後直ちにアフガニスタン侵攻への物資輸送その他の重要な支援を行うための立法に陣頭指揮をとった。これは湾岸戦争の際の日本の対応と際立った対照をなすものだった。
――同時多発テロ後の日本の世論には、後手に回った湾岸戦争の際の対応のような“失態”だけはあってはならないという危機感がありました。
湾岸戦争当時、ベーカー国務長官が、実際は約4分の1を占めたにもかかわらず日本の財政的支援は「少なすぎる、遅すぎる」と発言したことが広く報道されたものだった。小泉政権は首相の北朝鮮訪問の前に、米国との連携を入念に行っていたと聞いている。
それは承認を求めたり、指示を仰ぐという意味においてなされたものではなく、むしろチーム・プレーヤーとして日本の主要なパートナーに適切に伝えておくべきとの意味においてなされたものであった。同様に、日韓の外交ルートにおいても、金大中大統領とも緊密に連携をとっていた。
しかし、――これは重要な「しかし」である――イニシアチブは日本側にあった。これは伝統的慣行の打破を意味している。米国がかつてないほどの権力と影響力を持つ歴史の一時点において、日本がより大きなイニシアチブと独立性をもつ立場をとることはとりわけ健全なことであると私は思う。
米国は今、その外交政策行動において過剰に断定的であり、傲慢であるとさえする、幅広い批判を受けている。ブッシュ政権は多くの人々から、まわりが追随すること――あるいは結果を甘受すること――を期待する「パワー・モード」に入っていると見られている。
その様な状況の中で、日本は「橋渡しの役」を担う珍しい機会を得ている。北朝鮮との特別のつながり(これまでの歴史によって背負わされたものであることは間違いないが、特別であることも確かである)によって、日本は他者が通るための門戸を開くことにつながる手段をとることができる。
この「橋渡し役」は、中東においてもしかりである。日本は中東の石油に依存しているがゆえに、(ブッシュ大統領がもうひとつの「悪の枢軸国」と呼ぶ)イランや他の中東諸国とのつながりを良い状態に保っておかねばならないという状況におかれている。
両方の場合において、日本が開いておく門戸は、米国が利用する門戸になるかもしれない。このことは日米間の力、影響力の均衡の長期的移行を示唆するものである。
かつて経済問題が支配的となり、米国が日本による自国のかげりを危倶した時期もあった。我々は今、日本の意見が、適切な状況下において、いくつかの分野においては、米国政府にとって特別の重要性をもつような、新しい日本の政治的外交的政策の最初の兆候を目にしているのかもしれない。それは地殻変動的な移行を意味するものになるだろう。
注=94年の米朝合意1992年ごろから北朝鮮に核開発の疑惑がもたれ、国際原子力機関が特別査察を求めたところ、北朝鮮がこれを拒否。94年5月、国連が制裁措置を決定して軍事衝突の危機感が高まった。危機打開のため同年6月、カーター元米大統領が北朝鮮を訪問して金日成主席と会談。北朝鮮が核開発を凍結する代わりに米国が軽水炉建設や重油を提供することなどを約束した「米朝核枠組み合意」が結ばれた。
略歴William Watts 1930年生まれ。56〜65年国務省、65〜68年フォード財団、69〜70年ホワイトハウス国家安全保障会議への勤務などを経て、現職。『America and Japan: Changing World, Changing Moods』(中央公論)など日米関係、米国のアジア政策を巡る著作多数。
<取材メモ>“老舗”研究所、長老格の貴重な識見
ポトマック・アソシエーツは、1972年にローマクラブの報告書『成長の限界』を出版するなど“老舗”として知られているシンクタンク。所長のワッツ氏も、ワシントンDCの政策コミュニティーにあって長老格の尊敬を集めている。
今月3〜5日ケリー国務次官補が事実上、ブッシュ大統領の“特使”として平壌を訪問。米国側でも北朝鮮への関心が高まる中で、東京から電子メールでインタビューを依頼し、寄稿が実現した。