(2002年3月19日付)
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創設者の親族会代表 ノーベル賞100周年の意義を語る 青少年教育で非暴力社会を |
――創設から100周年の佳節を迎えたノーベル賞の意義をどのようにお考えですか。
今日、この世に無数に存在する「賞」の中で、ノーベル賞は疑いなく最高の栄誉とされています。
そして、ノーベル賞は、受賞者や受賞団体に専門家としての揺るぎない名声や地位をもたらしてきましたし、それによって受賞者・団体は、人的・物的の両面でさらなる利益を受けることも事実でしょう。
しかし、ノーベル賞(という目標)が存在することによって、授賞の対象となった業績をつくる「発見」や「創造」が可能となったといえるかどうかは、議論の余地があると思います。
「賞」というのは業績に対する評価であって、業績そのものを成し遂げさせる糧となるものではないと考えます。
アルフレッド・ノーベルは遺言の中で、「その前年に、人類の利益のために最も偉大な貢献をした者に」この賞を贈るよう託しました。実際には、ノーベル賞の対象となる業績が、かなり以前にさかのぼる発見であったり、人類に具体的な利益をもたらしていることが見えにくい難解な仕事であったりすることがしばしばです。
ノーベル賞が創設者の遺志を満足するように与えられているかどうか、常に議論は続くでしょう。
――博士は国際的な教育プログラム「非暴力プロジェクト」の会長職も兼務しています。同プロジェクトの発足の経緯は?
「非暴力プロジェクト」のプログラムは1993年にスウェーデンでスタートしました。世界中で増加する暴力事件や被害者の急激な広がり、深刻さを憂えて、2人のスウェーデン人が取り組んだのが始まりです。
運動のシンボルには、スウェーデンの芸術家であるカール・フレドリック・レウタースワード氏が制作した「銃身が結び目のように曲げられた銃」(二度と銃を使わせないという強い意志を表す)が取り入れられています。
この作品は(著名な音楽グループ「ビートルズ」の)ジョン・レノンが銃で撃たれて亡くなったことを機に生まれ、ニューヨークの国連本部やローザンヌのオリンピック博物館など世界の約20カ所に置かれています。
――その非暴力教育のプログラムは青少年に焦点を当てていますね。
その通りです。特に少年少女たちが、周囲の人々やメディアの影響等によって「問答無用」の暴力の風潮に染まってしまう前に、(非暴力・平和の思想を)自身の生き方や生活態度として確立できるように応援することが重要であると考えています。
このプロジェクトは始まってから10年の間に、ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカの各地に広がり、150万人の青少年たちが参加しています。アメリカのフロリダ州では、昨年1年間に172カ所で行事を行い、約5万人が集いました。
――アメリカSGIにおいても青年たちが中心となり、「ビクトリー・オーバー・バイオレンス(VOV=暴力に打ち勝つ)」と銘打った対話・啓発運動を進めています。この3年間で非暴力をテーマにした展示会や文化祭VOVを全米で400以上開催し、のべ50万人が参加しました。
素晴らしい活動です。私たち「非暴力プロジェクト」は、今後とも良き“姉妹団体”として、SGIが進める「VOV」と協力し、連帯していきたいと念願します。
さっそく最初のステップとして交流への意見交換の場をもちたいですね。
――インドのマハトマ・ガンジーやアメリカのキング博士が「非暴力思想」を根底に社会変革の民衆運動を起こしたことは重要な史実です。キング博士の母校であるモアハウス大学のキング国際チャペルは昨年、平和の先覚者の精神を継承する意義を込めて「ガンジー・キング・イケダ社会貢献賞」を制定し、このほど本年度の第2回受賞者にノーベル博士が選ばれました。
大変な栄誉に恐縮しています。私などより、この偉大な賞に値する方々は世界に多くいらっしゃる。私にはもったいない栄誉ですが、私たちの遠大な目的への励ましであると、心からの感謝をもって受け止めています。
そしてこの機縁を、モアハウス大学やSGI、ガンジーやキング博士ゆかりの関係諸団体とともに、「非暴力」を世界に広げゆく有意義な連帯のスタートとしていきたいと願っています。
略歴 Michael Nobel
1940年、スウェーデン・ストックホルム生まれ。ハーバード大学、コミュニケーション大学院(ストックホルム)、ローザンヌ大学に学び、実業家として成功を収めるかたわら、国連やユネスコの活動コンサルタントとして各種の社会事業にも奉仕。スイスとスウェーデンを中心に、氏の活動はビジネス・教育・社会福祉など多角的、国際的な範囲に及んでいる。