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【米国の識者に聞く−インタビュー2001】


暴力と差別の根絶を目指して
マーシャ・ジョイナー会長

(2001年8月21日付)



アメリカSGIの非暴力啓発運動(VOV)に賛同



 アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の青年部が推進する「VOV(ビクトリー・オーバー・バイオレンス=暴力に打ち勝つ)」の非暴力啓発運動に、アメリカ各地の有識者から賛同の声が寄せられている。先月、ハワイでSGIとともに「VOV」を宣揚する文化祭の共催団体となった「マーチン・ルーサー・キング・ジュニア博士・ハワイ連盟」のマーシャ・ジョイナー会長に、暴力と差別の根絶を目指す市民運動への思いを聞いた。(ホノルル・長岡良幸特派員)

 多人種共学校で初のアフリカ系卒業生

 −−キング博士とともに公民権運動に参加したことは、ご自身の人生にどのような意味がありましたか。社会変革の運動には「苦痛」がともなうと思いますが。

 あの頃、私は若く未熟で、自分がどこに向かって行けば良いのか分かっていなかったのですが、キング博士と人生の一時期をともに過ごした経験は、私の人生に「生きる意味」と「生きる目的」を与えてくれました。

 1950年代、私はボルチモア(メリーランド州)にできた多人種共学の学校を卒業した最初のアフリカ系アメリカ人となりました。

 それは私にとって過酷な試練でした。学校ではいつも“独りぼっち”。ランチをいっしょに食べたり、ノートを見せ合ったりという、友だちのつきあいをしてくれる人はだれもいませんでした。

 私の他に、(戦争の敵国であった)ドイツ人であるという理由で仲間はずれにされていた女の子が一人いて、彼女だけが私の友だちでした。

 「差別」は人の魂を傷つける、憎むべき暴力です。

 差別と戦い、平和と共存の社会という理想へ人々を導いたガンジーやキング博士が、同胞であるべき人間に殺されなければならなかったのは、実に悲しい事実です。しかし彼らの精神は、私たちの心に永遠に生き続ける。「死ぬことによって永遠に生きる」という古い箴言の通りです。

 衝撃受けたキング博士暗殺のニュース

 −−キング博士が暗殺された日のことを覚えていらっしゃいますか。

 私は結婚して3人の子どもがおりました。夫がベトナムから戻ってきたので引っ越しが決まり、ちょうど荷造りした家財を車に積み込んでいた時に、暗殺のニュースが飛び込んできたのです。

 夫も私も「ノー!」と叫んだきり、その場に座り込んでしまいました。

 いつか、この日が来るのではないかと恐れていたことが、ついに起こってしまったのです。私たちは言葉もなく、車に乗り込み、引っ越し先の町へ向けて無言のまま発車しました。車のラジオからニュースの続報が流れていました。

 ちょうどボルチモアを一望する丘の上まで来て、町を振り返ると、何ということでしょう。あちこちから火の手が上がっているではありませんか。やり場のない怒りから暴動が起こりつつあるのだと、すぐわかりました。

 映画「風と共に去りぬ」の中で主人公が燃えさかるアトランタを抜け出した場面をご存じならば、私の体験も想像しやすいと思いますが、炎に焦がされた我が町・ボルチモアを後にした、あの日のことは一生忘れられません。

 キング博士に先立って、ケネディ大統領が暗殺されました。キング博士の直後には、ロバート・ケネディ(故大統領の弟)も−−。

 「この世界は気が狂ってしまったのか? どこまで血が流れれば気が済むのか?」と、私は狂気の時代を嘆きました。  今なお、時代の歯車は狂気から正常に戻ってはいません。私がハワイでキング博士の精神を継いでいるのは、そのためです。

 「平和希求の心」が人間世界を花園に

 −−私たちSGIは、キング博士が目指した「暴力や差別なき社会」の理想を実現する原動力は、民衆自身の覚醒にあると考えています。私たちの“差異へのこだわり”を乗り越える内面の変革が、平和運動のカギであると。

 まったく賛成です。

 人間生命を見れば、私たちには“違い”よりも“共通”のほうが多いのです。人間世界を花園にたとえれば、色や形が違っても、どの花も同じように根があって、土や水や太陽の光を必要としているのです。

 花園は、異なる花々が自分を表現しきって咲き重なるからこそ美しい。また、森の緑も、空や海の青も、一面に同じ色ではありません。微妙に異なる色合いが重なっているゆえに、自然は私たちを引きつけてやまないのです。

 差別意識を生む人間の心の“差異へのこだわり”を乗り越えられたとき、初めて私たちは「平和」を手に入れることができるでしょう。だから、平和への原動力が民衆レベルにあるという考えに賛同します。

 第2次大戦後、長崎の市民の皆さんからハワイの市民へ、「平和の鐘」が贈られました。これは政府から政府に贈られたものではありません。

 原爆による地獄の苦しみを味わった“ヒバクシャ”ならびに後援者の方々から、日本の武力攻撃の苦しみを受けたホノルルの人々へ「戦争の過ちを省み、友好への一歩を踏み出す」象徴として贈られたものです。

 私たちの団体は、この「平和の鐘」を活動のシンボルとして常に使わせていただいています。

 −−感銘深いお話です。ハワイは、池田SGI会長が「世界平和の出発点」として活動を開始した、SGIの平和運動にとっても意義深い場所です。今後も貴団体と共通の目標に向けて活動を進める上で、何かアドバイスをいただけますでしょうか。

 SGIは、あらゆる面で模範となる活動を進められています。私にアドバイスできることは何もありません。美しい心のSGIとともに活動させていただき、感銘をうけることばかりです。今回の文化祭も、若い世代が中心となり、責任を担って推進されました。私たちが非暴力の世界を目指す上で、青年の活躍こそ最も大事な急所です。



略歴

Marsha Joyner
 「キング博士・ハワイ連盟」をはじめ人権・福祉・反戦・反核・国連支援などの幅広い市民運動にかかわり、ハワイのオピニオン・リーダーとして活躍。創立者・会長等の要職を兼務する団体だけでも十指を超える。児童教育の現場を経て、テレビ、ラジオの人気番組や大規模な市民フェスティバルをプロデュース。多彩な著作活動を通じて女性と子どもの人権など諸課題に関する発言を続けている。