
(2000年5月16日付)
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日米パートナーシップの成熟を 沖縄サミットを信頼醸成の契機に |
クリントン政権は日米関係を三本足の椅子に譬(たと)えている。すなわち、「安 全保障」と「経済」と「グローバルな政治関係」である。一九九五年二月に公表され たジョセフ・ナイ国防次官補(当時)らによる「東アジア戦略報告(ナイ・リポー ト)」は、冷戦後のグローバルな政治情勢の激変に揺さぶられ、経済摩擦によって悪 化していた日米関係を、安全保障の観点から位置づけ直す作業だった。この安保再定 義に、米政府の政策顧問として尽力。アジア安全保障問題の専門家として著名な米国 平和研究所のパトリック・クローニン調査部長に話を聞いた。
(聞き手=野山智章記者)
――七月には九州・沖縄サミットが開催されます。とりわけ沖縄は、米国の世界戦 略の要(かなめ)の役割を担う米軍基地の所在地でもあります。日米安全保障問題の 専門家として、サミットのどういう点を注視していますか。
アジア太平洋地域の将来にとって、中長期的には、やはり米国の前方展開戦略によ って得られる安定性は不可欠であろう。これはアセアン地域フォーラム(ARF)な どの多国間対話の枠組みでは代替できないものだ。G8サミットもしかりである。 「ナイ・リポート」では「東アジアの米軍十万人体制維持」が明記されている。
しかしながら、最も安定的な環境は、二国間同盟が、地域の信頼とコンセンサス形 成を目的とした広範囲の多国間ネットワークと同時に機能している状態である。こう した観点から、九州・沖縄サミットが多国間の信頼醸成(じょうせい)を強める契機 となることを望んでいる。
――一九九六年四月、来日したクリントン大統領と当時の橋本首相が発表した「日 米安全保障共同宣言」では、冷戦後の同盟強化とアジア太平洋安保への貢献が謳(う た)われ、新ガイドラインの作成と普天間基地の移転などが合意されました。
新ガイドラインに関しては昨年、日本の国会で運用に必要な関連法案が成立したこ とを歓迎したい。もとより日米安保体制は役割に差がある。
米側の批判者は日本の「ただ乗り」を非難し、日本側の批判者は米国の世界戦略に 「巻き込まれる」と警戒する。
あらゆる同盟が、同一の能力と利益を持つ国同士で結ばれているわけではない。地 域安定のための責任分担が全体として均衡(きんこう)状態にあるならば、軍事役割 分担と作戦面での非対称さは問題ではない。二十一世紀の日米関係にとって重要な楔 (くさび)が打ち込まれた。
普天間基地の移転問題も前進していると聞いている。ただし、地元の沖縄県側が普 天間の代替基地の米軍使用に十五年の期限を求めている問題は難しい。十五年という 期間は、アジア太平洋地域の安全保障を重視する人々にとって、あまりにも短く見え る。朝鮮半島情勢など地域の不安定要因が除かれず、先行きが読めないからだ。
一方、地元で暮らす人々の生活の質を重視すれば十五年でも長すぎるだろう。外国 の軍隊の駐留は地域に負担を強いるからだ。
東京およびワシントンの政府が、両者のギャップの調整に真剣に対応すべき課題 だ。沖縄に限らず「ホスト・ネーション・サポート(受け入れ国側の支援)」、すな わち在日米軍に対する日本の財政支援問題は両国のパートナーシップ熟成への関門と 言えよう。
――日本の国会に憲法調査会が設けられ、“憲法改正”を視野に入れた議論が始ま りました。米国の日本専門家には第二次大戦後に風靡(ふうび)した「日本の平和主 義の終焉(しゅうえん)」と分析する人もいます。
原則的に言えば、当然、日本人は自らの憲法を修正する権利を持っている。そし て、そのための討論を国会で行うことは健全な動きであると思う。日本が政治や安全 保障の面で(現在の憲法で規定された)相対的に孤立的な立場から、(国連平和維持 活動の本隊業務への参加など)より普通の国家への道を模索するのも理解できる。た だし、かつて日本の植民地支配におかれた国や、日本の侵略を受けた国には懸念を生 じさせることも事実だ。
その点、一九九八年の金大中・韓国大統領の訪日の際に、「未来志向の日韓関係の 構築」というコンセンサスが確立されたことは、こうした近隣諸国などからの日本へ の懸念に対する外交上の一つの解決策と評価されよう。
略歴Patrick M. Cronin
1958年フロリダ州生まれ。フロリダ大 学卒業後、ローズ奨学生に選ばれ、英国オックスフォード大学で博士号取得。米国議 会スタッフ、海軍大学教官を経て、国防総省のシンクタンクである国防大学戦略問題 研究所のアジア太平洋研究部長、副所長を歴任。98年から現職。著書に『グローバ リズムからリージョナリズムへ―アメリカの外交・防衛政策における新しい展望』、 共著に『日米同盟―米国の戦略』など。
取材メモ若きキー・パーソン
昨年、本紙に日米防衛ガイドラインについて意見を寄せた外交問題評議会のマイケ ル・グリーン主任研究員とともに、クローニン博士は日米安全保障の関係者の間では よく知られている。両氏は協力してナイ国防次官補を助け、「アジア太平洋諸国の多 くが生き残る可能性は低いと考えていた日米同盟」(共著『日米同盟―米国の戦 略』)の信頼性を回復するのに重要な役割を果たしたからだ。
90年代に入り「経済戦争」と呼ばれるほど深刻化した通商問題に加え、93〜9 4年の朝鮮半島における核危機、95年の沖縄少女暴行事件、96年の中台危機が起 こり、日米関係は大きく揺らいだ。「日米同盟は漂流状態に入った」――当時の栗山 尚一・駐米大使が危機感を露(あら)わにしたことも、まだ記憶に新しい。クローニ ン博士の言動には、良好な状態にある現在の日米関係を次の10年間も維持するため “慎重な手綱さばきが必要”との緊張感がみなぎっていた。