
(2000年2月15日付)
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第3の千年へ、大局戦略の確立を 21世紀の指導者は新しき史観を備うべき |
――ニュー・ミレニアムということで、ケネディ教授が中心となって歴史を捉(と ら)え直す新しい研究プログラムがスタートするとうかがいました。
はい。これから先、五年から十年の間、私たちが「グランド・ストラテジー(大局 戦略)」と呼んでいる観点に焦点を当てていく考えです。「グランド・ストラテジ ー」とは、簡潔に言えば、一人の人間が「全体として世界をどう捉えていくか」とい うことです。
社会の次の指導者となる世代が、例えば中国の専門家でも中国だけに限った研究と いう狭い範囲ではなく、もっと幅広い視野から世界全体を見渡せるようになるべきで ある。それにはどのような教育を施すべきか。未来のアメリカ大統領や国会議員とな る人間をどう育てていくべきか。二十世紀をつくってきた指導者と同じ歴史観を引き 継ぐだけでは、二十一世紀の指導者にはなれない、といった問題意識から生まれたプ ロジェクトです。
まずは二〇〇〇年一月から、この問題について一年間のプログラムを開始しまし た。これは、全学から応募した学生の中から二十人に限った小人数クラスで、徹底し た集中研究を行います。
外部からゲストを招いて講義をしたり、第二次世界大戦や第一次世界大戦、孫子、 クラウゼヴィッツ、ナポレオン、ソールズベリ、ビスマルクなどをもとにケース・ス タディもやります。
そこでは、第一次大戦におけるドイツや第二次大戦における日本を取り上げる予定 ですが、その理由は彼らが軍隊と市民とのバランスを欠き、大きな視野に立った大局 戦略というものを持っていなかったからです。
このプログラムは、いわば政治家として一国の長となる将軍学といえましょうか。 はっきり申し上げて、今後もエール大学の卒業生から大統領候補者や上院議員が出る でしょう。今、私たちが教えているのは、間違いなく「アメリカの指導者」となる 人々である、という自負と責任感が、教授陣にもあるのです。
――教授が所長をされているISS(国際安全保障研究所)が研究対象としている 「安全保障」の内容は、どのように変わってきているのでしょうか。
ISSは学際的な研究センターとして機能しています。もとは軍備コントロールの 問題に焦点をあてていましたが、これは冷戦中に東西の軍備競争が大きな問題であっ たからです。十年前、ISSはISSACと呼ばれていました。これは「国際安全保 障及び軍備コントロール」の略です。
しかし、現在では「軍備コントロール」というと研究対象が限られてしまう上に専 門的過ぎるのです。
現在、私たちが「国際安全保障」という場合、それは南北問題、東西問題、環境問 題、ロシアや中国の将来など、かつては論議されなかった様々な問題にまで枠が広が っています。
今、この研究に携わる人は、非常に興味のある時間を過ごすことができます。世界 は刻々と変化し続けていますし、大変不安定な状態です。加えて、知識面で混乱した 状態にあります。学者も政治家も役人たちも、何が「安全保障」の脅威なのか、とい うより「安全保障」とは一体どういうことなのか、はっきりと誰も分かっていないの が実情です。
――紛争の解決もより困難な時代となりました。冷戦の終結は各地域により複雑な 紛争を招く結果となり、それらの民族的、宗教的、経済的な衝突を解決するのは容易 ではありません。
確かに非常に困難なことです。また、どの紛争が重要で、どれがより大きな問題に 発展するか、という判断も大変難しい。私としては、私たちみんなが同時に希望を抱 き、そしてある意味で用心深くなければならないと思います。誰も未来の青写真を描 くことなどできません。
私たちにできることは、未来を予言するのではなく、心的態度や柔軟性など、物事 の考え方を提案することです。学生たちに柔軟性や心のゆとりを持ち、相互理解を中 心に据えるということを教えることが私たちの大事な目的です。
――近年、「国家の安全保障」に対し「人間の安全保障」という概念が扱われるよ うになりました。私たちSGIにおいても、池田会長が平和提言で論及するととも に、各学術機関が重要テーマとして掘り下げる努力をしていますが、教授は「人間の 安全保障」をどう定義されますか。
安全保障問題というのは、昔から国家中心であったり、軍備絡みでした。それに対 して、現在では「地球上の人間が安全に暮らせる状況を作り出すこと」が大事だとす る考えから、環境、開発、経済、人権など諸要素を含めて安全保障問題を捉え直した のが「人間の安全保障」という概念でしょう。
しかし、本当の安全とは何か、どういった状況が安全ではないということなのか。 まだまだ論議が不確定で不明確であるといわざるをえません。
国際安全保障研究に関する私たちの考えは、新旧どちらの概念にも偏りすぎず、ま た複雑な諸要素の一部に限定するのではなく、問題を可能な限り幅広く包括的に捉え ていきたい。
その過程で、「人間の安全保障」という新しいコンセプトと、いわゆる「国家の安 全保障」という昔からある定義とのバランスをどう取るかという問題に取り組んでい きたいと思います。
これは非常に大切な論議であり、ISSでは「安全保障の再定義」という別のプロ ジェクトを作って、核兵器の脅威にさらされた一九八五年の冷戦第二期から現在まで の世界を対象にした興味深い研究・討議を行っています。
本当はもっと突っ込んだお話ができるといいのですが、今の時点では、まだ私たち の定義や考えを取りあえず控えて、膨大なデータを分析している段階です。
略歴
Paul Kennedyエール大学歴史学教授。国際安全保障研究所の所長として数々の重要研究を統括 し、世界経済・軍事情勢に関する出版機関、研究機関の諮問委員も務めている。自身 の著作も多く、『大国の興亡』などの名著で日本人にもなじみが深い。現在は、第2 次大戦や西洋の帝国主義をテーマとした大学での講義や学生の学位論文の指導などで 多忙な合間を縫って、「国連の理念と変革」に関する著作に取り組んでいる。
取材メモ人材育成に強い情熱
柔和でおだやかな教授の語り口とは対照的に、「我々はアメリカの舵取りとなる未 来の大統領や上院議員を教えているのだ」との強烈な自負に圧倒される思いがした。
と同時に、「これからの指導者が、戦争やさまざまな過ちを犯してきた過去の指導 者と同じ史観で育ったのでは地球の未来が危うい」という真剣な思いに強く打たれ た。
特に「人間の安全保障」については、教授ももっと語りたい様子であったが、超多 忙なスケジュールをこじあけていただいた短時間の一問一答には限界があり、再会を 約して辞した。