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(2001年6月12日付)
メディア・リテラシーは私たち自身が主体的に社会と関わり、創造的なコミュニケーションを行っていくための取り組みです。市民がメディアに関わり活用できるような仕組みに作り変えていくのも私たち自身です。
アメリカでは市民が参加できるケーブルテレビが各地にあり、市民に開放されたチャンネルを通じて、市民が自分(たち)で作った番組を放送する、それを支援するシステムがあります。これがパブリック・アクセス・チャンネルです。
日本では制度として確立されてはいませんが、市民が番組づくりを行えるような工夫がこれからの課題といえるでしょう。出演・インタビューなど番組の部分的な「参加」だけでなく、番組の企画・構成・演出など主体的に関わることができる「アクセス」がメディアと市民のかかわり方を変えていくことになると思います。
京都のローカル局・KBS京都放送では、しばらく前まで「京都大好きラジオ」という放送番組があり「サポーター会議」と呼ばれる番組企画会議に市民が参加していました。こうした動きと連動して「KBS京都アクセスクラブ」という市民組織が生まれ、市民スポンサーを募って放送番組づくりを目指すユニークな活動も始まっています。
さらに、年1回「放送フォーラム」という市民と放送労働者が集う場があります。これは京都で放送活動を行っているKBS京都とNHK京都放送局の労働者が市民とともに番組制作や放送文化のあり方について共通認識を深めるために設けられたもので、今年(2001年)で14回を数えます。
このように市民を交えて民放、NHKの放送労働者が一緒に放送について考え、語り合う場は他の地域では聞きません。私たち市民にしてみれば放送がどのように作られているのか現場の人から直接話を聞くことができますし、送り手である放送労働者にしてみれば市民が放送についてどう受け止めているのかを知り、市民感覚を取り戻す機会になります。
互いに意見を出し合い議論することで放送メディア、ジャーナリズムのあり方について考えるきっかけとなります。こうしたこともメディア・リテラシーを広げる活動といえるでしょう。
企業利益に走りがちなメディアの激しい競争が、行き過ぎた表現や人権侵害など市民の不信や批判を招いているのは、メディアが市民の目線、市民感覚を失っているからかもしれません。そうした批判の声を背景に公権力はメディア規制を進めようとしています。
メディアが抱える問題を公権力の手に委ねたり、メディア内だけで処理させるのではなく、市民とともに議論し問題を共有する場をメディアは設けてはどうでしょうか。市民にメディア・リテラシーが必要なように、メディアの側に「市民・リテラシー」が必要なのかもしれません。市民とメディアの創造的なコミュニケーションを作り出していくためにもメディアは市民の声を受け止め、それをメディアに反映させる仕組みを作る時期にきています。
(立命館大学産業社会学部助教授)