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(2006年3月14日付)
ソ連時代、「サミズダード(地下出版)」という言葉を耳にされた読者は少なくないと思う。サミズダードとは、ソ連共産党の眼鏡に適わない主張が、非合法的に印刷されたり、カーボン用紙を何枚も挟んでタイプ打ちされて、個人から個人へと回し読みされたものである。
後にノーベル平和賞を受賞する「ソ連水爆の父」アンドレイ・サハロフ博士は、1960年代後半からソ連社会の民主化を求めて社会的発言をするようになったが、当時、西側諸国においてソ連社会における「異論派」として博士を高名にした『進歩、平和共存、知的自由に関する考察』もサミズダードとして「公表」されたものであった。
現在のロシアは、こうした厳しい情報統制の時代とは打って変わり、インターネット全盛の時代を迎えようとしている。ロシア政府は「エレクトリック・ロシア」という名の政策を採択し、2002年から10年までの9年間に約24億ドルの予算を投じ、ロシアの情報技術化を推進することを約している。さらに、インターネットの一段の発展に対する全面的支援を公言するなど、ロシアのインターネットは権力の干渉からはかなり自由な空間であると言えよう。
94年に「RU」という新生ロシアのドメイン名が登録され、95年にはロシア・オン・ラインというロシア初めてのウェブサイトが設立され、96年には大都市において国内初のインターネットカフェが誕生するなど、ロシアにおける実質的なインターネット時代は90年代半ばに幕を開けた。
しかし、現在においても、ロシアにおけるインターネット普及率(人口に対するインターネット利用者数)は北米諸国の4・5分の1、EU諸国の3分の1程度である。一方、近年のロシアにおけるインターネット利用者の増加率は、世界的に見ても最も目覚ましい伸びを示しており、利用者数は2000年から05年の間に6倍以上増大し、2230万人に達した。その結果、ロシアにおけるインターネット普及率は15・5%となり、世界全体の15・2%の指標を僅かながら上回った。
ところで、日本でもインターネットのサイト検索エンジンとして最も人気が高いGoogleは、98年に米国スタンフォード大学の二人の若者によって設立されたが、その内の一人セルゲイ・ブリンはモスクワ出身のロシア人である。ロシアの情報技術分野に働く専門家の技術は極めて高いとされるが、その背景には、ソ連時代に最も重要とされた軍事、航空・宇宙、原子力等の産業を支えるために、国家的に数学や物理学等の専門家の養成に注力したという事実があろう。
05年12月初め、ロシアのインターネット・セグメントには15万5000以上のサイトがあり、すべての利用者によって一昼夜で閲覧されるサイト数は2億5400万を超え、1日の訪問者数は630万人以上であった。ロシア産のロシア語対応のインターネットのサイト検索エンジンも生まれ、利用者は手軽に居ながらにして、様々な情報を手にすることが可能になった。
中央政府、地方政府、様々な中央の省庁、また、各地の大小様々な企業が自らのサイトを持ち、情報を発信している。新聞、テレビ、ラジオ等の伝統的なマスメディアも自らのサイトを持っていることは言うまでもない。これらマスメディアのサイトでは、出版や放送された内容を、好きなときにアクセスして見たり、聞いたり、読んだりすることができる。
そして、こうしたマスメディアをはじめとするロシアのサイトの特徴は、フォーラムや掲示板、インターネット会議等、読者の側も発言可能な双方向のものが多いことであろう。今後、ロシアのメディアの中で、インターネットが社会への影響力を増す可能性は大きいと言えよう。
(ロシア東欧貿易会ロシア東欧経済研究所次長)
略歴
おかだ・くにお 1986年、創価大学大学院文学研究科社会学専攻博士前期課程修了。在学中に南フロリダ大学、モスクワ大学留学。86年、(社)ソ連東欧貿易会調査部研究員、91〜96年、同主任・調査役、96〜2001年、同モスクワ事務所長、01年より現職。著書に『ロシア・CIS経済ハンドブック』(全日出版)など。