【Seikyo Media Page】Copyright (C) 1997-2005 by The Seikyo Shimbun.



連載コラム
「ロシア メディア事情」
ロシア東欧経済研究所次長・岡田邦生

【3】


映画産業の復権

続出するヒット作品

(2005年10月18日付)

目立つ若い監督の台頭

 先月末の日曜の夜、モスクワの東北東約1000キロに位置するキーロフ市で映画を観た。ヴャトカ河畔の人口46万人の小都市の中心部には7つの映画館があるが、筆者が訪れたところは場末の文芸座の雰囲気であった。

 日曜午後8時の最終回であったためか、客足は疎らで、大学生のグループと思える男女一群とカップル数組、全員で15人という寂しい入りであった。

 しかし、切符を買ったその日の昼間には、日本でも上映中のアメリカ映画『チャーリーとチョコレート工場』が上映されており、子供たちが大勢詰めかけていたので、いつもガラガラというわけではないのであろう。

 今回、観た作品は『夢を見るのに害はない』という若者向けのコメディーで、モスクワ大学経済学部卒という映画監督らしくない学歴を持つ33歳のエブゲーニ・ラブレンチェフ監督によるロシア映画である。

 タイトルは日本流に言えば『馬鹿も休み休み言え』という感じであるが、主人公である夢見がちな青年が、ある朝、突然、美女になって巻き起こす騒動を描いたものである。とにかく面白く、ダスティン・ホフマンの『トッツィー』のロシア版という評もあった。

 しかし、高層ビルや高級マンションの建設ラッシュに沸くモスクワの寂れた裏通りを灰色のモノトーンの背景として、若者の間に広がる麻薬や売春の問題、さらに弱者と強者のコントラストを鮮烈に描くなど、筆者にはフランツ・カフカの『変身』を連想させる社会性に富んだ作品に思え、コメディーの中に伝統あるロシア映画の復権を見たような気がした。

ソ連崩壊後に冬の時代

 ロシアの映画館で映画を観たのは何年ぶりであろうか。週末を移動日とする慌しい出張日程では、映画館に行く時間などないのが普通である。しかし、ロシアで映画を観に行く気にならなかったのは、上映されている映画のほとんどが日本でも観られるハリウッド映画であったからである。

 1991年12月のソ連崩壊後、人々は映画に行く余裕などなくなり、映画館の灯は消えたようになった。全国に2000軒以上あった映画館の大半は閑古鳥が鳴き、朽ちるに任せるといった状況であった。その後、社会が少し落ち着きを取り戻すと、ソ連時代に西側映画の上映が制限されていたこともあり、生き延びた映画館ではハリウッド映画のみが上映されていた。

 1990年代、映画館の売り上げの80%はアメリカ映画によるものであった。こうして、エイゼンシュテイン、タルコフスキーらの世界的に著名な監督がメガホンをとったロシア映画産業は消滅したかのようであった。94年にミハルコフ監督の『太陽に灼かれて』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞するが、この作品さえもロシアで人々の話題になるのはビデオになってからで、人々を映画館へ誘うには至らなかった。

 こうしたロシア映画産業の冬の時代に風穴を開けた作品が、昨年ロシア国内で大ヒットしたチムール・ベクマンベトフ監督の『夜の監視者』である。

 主人公のバンパイアたちが、モスクワを支配しようとする巨悪に超能力で立ち向かうという、ロシア初の本格的なファンタジー・アクションで、まさにロシア版ハリウッド映画ともいえる作品であるが、昨夏、全国で上映が開始されるや、瞬く間に1600万ドルを売り上げ、『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』の1300万ドルを抜き、ロシアにおける映画興行収入記録を塗り替えた。

興行収入 5年間で15倍

 本年2月公開の『トルコの捨て駒』、4月公開の『五等文官』は、いずれも人気作家ボリス・アクーニンの歴史探偵小説を原作とする純国産のロシア映画だが、『夜の監視者』を上回る人気で、次々と国内興行記録を更新する大ヒット作品となった。

 また、9月末に公開されたフョードル・バンダルチュク監督の『第9中隊』は、1988〜89年のソ連軍アフガニスタン撤退時の様相を描いたもので、モスクワの目抜き通りに看板やポスターが並び、公開前から話題を独占していたが、現在、全国の映画館で一番人気の作品となっている。

 ロシアの映画市場での年間興行収入は1999年の1800万ドルから、2004年には2億6800万ドルへと5年間で15倍近く増大しているが、2004年においても国産映画の占める割合は18%強である。およそ3億人とされるロシア語人口であるが、ロシアの映画産業界は、近隣のウクライナやベラルーシ、さらに旧ソ連圏のコーカサス、中央アジアも視野に納めたマーケティングを考えている。

 また、前述の『夜の監視者』は、今年に入ってから、世界の様々な映画祭で絶賛され、国際的にも高い評価を受けているが、20世紀フォックス社が配給権を獲得し、間もなくアメリカを皮切りに、世界中で一般公開される運びである。ロシア映画産業のハリウッドへの挑戦は始まったばかりである。

 (ロシア東欧貿易会ロシア東欧経済研究所次長)

略歴

 おかだ・くにお 1986年、創価大学大学院文学研究科社会学専攻博士前期課程修了。在学中に南フロリダ大学、モスクワ大学留学。86年、(社)ソ連東欧貿易会調査部研究員、91〜96年、同主任・調査役、96〜2001年、同モスクワ事務所長、01年より現職。著書に『ロシア・CIS経済ハンドブック』(全日出版)など。