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連載コラム
「ロシア メディア事情」
ロシア東欧経済研究所次長・岡田邦生

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ソ連時代とは一変した書店

人気作家も生まれ隆盛の出版業界

(2005年9月13日付)

 最近、20年来親しくしているロシアの友人とモスクワの書店に出かけたときのこと、「本を直接、手に取れるのは本当にいいよね」との彼の言葉に、彼の若い部下が「どういうことですか」と怪訝そうな顔をした。

 筆者がロシア(旧ソ連)を初めて訪れたのは1983年のことだが、社会主義時代の当時の書店では、書棚に並ぶ本の背表紙を遠目に見ながら自分の必要なものを物色し、売り子さんにお願いして一冊ずつ本を見せてもらっていた。

 店内は概して暗く、点数は少なくないものの、目に留まるような本は少なく、政治・経済等の分野では「西側」のものは皆無であった。

 1991年12月にソ連が崩壊し、新生ロシアが誕生して10余年が過ぎた今日、国内で発行される書籍、そして街の書店の様相は大きく変わった。モスクワの目抜き通り新アルバート通りにあるロシア最大級の書店「ドム・クニーギ(本の家)」には売り場面積3600平方メートルに常時7万5000点の本が並んでおり、終日、訪問客が絶えない。流行作家を招いての講演会、児童書フェア等、イベントも目白押しで、情報と知識を伝える一大メディア館の趣である。

 「ロシアの時代になって、人々は本を読まなくなった」という声もある。確かにソ連崩壊後の数年間は、人々に本を読む余裕はなかったのかもしれない。実際、1980年代には約5万点であったロシアの年間書籍発行点数は、ソ連崩壊直後の1992年には2万9000点にまで減少した。しかし、その後、年を追うごとに回復し、昨年には8万9000点とソ連時代を大きく上回る数字を記した。

 前述のドム・クニーギはソ連時代からある書店であるが、例えば、1995年にシベリアのノボシビルスクで産声を上げた「トップ・クニーガ」は、この10年の内に大成長を遂げ、現在ロシア全国の107都市に221店舗を有し、月間300万冊の書籍を販売する業界最大手の一つに成長した。一方、若者たちは「ダウンロードできない本はない」と嘯きながら、紙ではなく、パソコンの上で様々な作品を楽しんでいる。

 地方も含め、幾つかの書店を回ってみると、経済書では、欧米の著名な学者の翻訳、加えてロシア人研究者によるマネジメントやマーケティングに関するものが目につく。表紙に「カイゼン」と大きく書かれたものなど、日本式経営手法を伝える本もいくつもある。

 歴史書では、スターリンやブレジネフに関するもの、ペレストロイカの時代を語るもの等、ソ連時代から今日までの現代史を新たな視点で見直す作品や回顧録が数多く並んでいる。一方、『何もしないでお金を儲ける方法』という類のハウツー物、更に、占い、健康、旅行、趣味等の実用書も豊富である。

 文芸書では『ハリー・ポッター』や『ダ・ヴィンチ・コード』等、世界中で読まれているものがベストセラーの上位にランクされている。

 また、近年、村上春樹の作品が絶大なる人気を博しており、比較的大きな書店では数多くの作品が平積みにされている。ウェブ上には「村上春樹の世界」というサイトがあり、「人生観が変わった」等、熱烈なファンの1万件を超える書き込みがある。

 ロシアの時代になってから最も人気のあるジャンルは推理小説である。昨年1年の発行部数が1800万部を数えるダリヤ・ドンツォーヴァを筆頭に、数多くの人気作家が生まれた。そして、この分野で一人忘れることのできない作家は、ボリス・アクーニンである。

 「悪人(アクーニン)」のペンネームを持つこの作家は、三島由紀夫などの翻訳も手掛けた日本文学研究者であるが、ロシア版シャーロック・ホームズとも評される氏の歴史探偵小説は、19世紀末のロシア作家の典雅な文体を受け継ぎ、歴史的教養に裏打ちされた時代設定がなされ、更に現代ロシア社会の矛盾点に独特の手法で切り込むなど、それまで「低俗なジャンル」と考えられていた探偵小説のイメージを一新し、国内で絶大な人気を誇っている。

 近年の高い経済成長率が注目されるロシアであるが、メディアとして、そしてビジネスとしての出版界、文芸界の復興も著しい。

 (ロシア東欧貿易会ロシア東欧経済研究所次長)