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国際論壇時評

【国際論壇時評 5】
吉川 元


教科書問題を考える視座

相互信頼へ対話こそ

(2001年5月15日付)


 歴史教科書をめぐる問題が外交問題に発展した。

 くだんの歴史教科書の支持者たちは、中国や韓国からの圧力を内政干渉だとして受け付けたがらない。他方、教科書に批判的な人たちやメディアは、これを内政干渉ではないとし、「アジアの声」に謙虚に耳を傾けよと、主張する。

 メディアを通じて、これが内政干渉に該当するか否かが議論され、はたまた国会では内政干渉の定義をめぐって審議されている。

 ▼「歴史カード」は割り引いて聞け?

 教科書作りは、それが国定教科書であろうが検定教科書であろうが、国内問題である。他国の歴史教科書の修正を求めたり、まして書き足しを求めたりすることは、内政干渉に他ならない。歴史カードという外圧に不満をもつ国民層がこれまでになく拡大しているだけに、わが国の対応如何によっては、日韓、日中関係は大きく損なわれそうだ。

 金大中政権の下で民主国家として再生しつつある韓国は、もう歴史カードなどに頼らず、日韓関係の改善に努めつつあるとばかり思っていただけに、理解できない面があった。案の定、金大中政権にとっては、この歴史教科書問題は厄介な問題であるという。マスコミで伝えられるような、国をあげての「アジアの声」ではなさそうだ。

 ▼注目すべきポーランドとドイツ間の試み

 韓国通ジャーナリストの黒田勝弘「教科書問題と韓国人の深層心理」(『正論』2001年6月)は、教科書問題をめぐる金大中政権の苦境と韓国人の深層心理を見事に描いている。

 良好な日韓関係を維持発展させたいとの基本方針を維持する金大中政権にとって、この問題は外交問題に発展させたくない。しかし、歴史教科書問題で一部メディアと野党に焚きつけられた世論をなだめるのはたやすいことではない。

 それに、「自国中心主義的」な歴史教科書への批判は、韓国や中国にとって、両刃の剣となる。金大中政権とて苦境にあることを知り、そして世論は今一枚岩的ではないことを知って、安心した。

 建設的な措置として、これを日中韓のあいだで国際歴史教科書対話に取り組む格好の契機としたい。歴史は、とりわけ近代史や現代史は国際関係史でもあり、一国の自国中心主義的解釈は許されまい。

 それに、韓国や中国が自国の歴史教科書は棚に上げ、日本の歴史教科書のみを「自国中心主義」と一方的に干渉するようなことをいつまでも続ければ、東アジアの友好関係は維持されようはずがない。それだけに、歴史教科書を互いに検討し、できるだけ国際関係史の解釈を共有することが求められている。

 その点で、冷戦さなかの1970年代に、ポーランドとドイツの歴史家の間で始まった国際歴史教科書対話の試みとその成果はもっと注目されてよいであろう。

 両国の間で開始し続けられていった国際歴史教科書対話は、過去の克服において、そして両国の相互信頼の醸成において、ずいぶんと貢献した。

 国際歴史教科書対話のような取り組みが、意外にも東アジアでの多国間安全保障枠組みの建設への突破口になるかもしれない。

(神戸大学教授)