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国際論壇時評

【国際論壇時評 3】
吉川 元


風雲急を告げるアジアの民族紛争

多文化・多民族の共生へ新たな仕組み作りを

(2001年3月20日付)


 「民族自決」といえば、多くの人にとって、美名であり、正義であろう。他の民族による支配と抑圧から解放され、自分の国を持つということは、一見して、めでたい話だ。しかし、ことはそう単純ではない。冷戦が終結してこの十年、世界はまさに民族紛争に翻弄(ほんろう)されつつある。今日、戦争(大規模武力衝突)といえば、そのほとんどすべてが民族紛争である。

 ▼分裂の危機に瀕するインドネシア

 いかに平和な日本とはいえ、わが国にとっても、世界各地の民族紛争は他人事ではない。とりわけ、わが国の経済安全保障上、重要な地位を占め、せっせと政府開発援助(ODA)を注ぎこんできたインドネシアが今まさに分裂の危機に瀕している。

 今なぜ、民族問題なのか。黒柳米司「インドネシアのエスニック紛争」(『国際問題』二〇〇〇年六月号)は、インドネシアの誕生の契機と今日の民族紛争の関連性を説いていて興味深い。

 この国が独立する際に、もともと統一されたインドネシア人など存在しなかった。オランダ領をそっくり引き継ぐからには、この境界線の中に住む人々の国家のアイデンティティをどこにもとめるかが、国家の統一を左右する重大な決定であった。

 多数を占めるムスリムを中心にしたイスラム国家を目指す道。民族や宗教を超える共産主義の思想をもとに共産主義国家を目指す道。しかし、いずれの方途も、それに反対する集団や地域をまとめることはできそうにない。オランダ領全域を引き継ぐには、結局、世俗化し、インドネシア民族を創造する道を選んだ。

 とはいえ、国中に、民族、宗教、言語の様々な集団の活断層が走っている。だからこそ、国を統一し、維持するために強権的な政権が生まれた。こうした歴史的な経緯を理解すれば、今、民主化に取り組んだとたんに活断層に亀裂が生じ、民族独立の動きが始まったのもうなずける。

 インドネシアの民族紛争の経緯は、実は、冷戦終結を契機に欧州やアジア、アフリカの各地で発生した民族紛争のそれに共通している。そして、振り返れば、歴史は繰り返す。十九世紀末に欧州での「民族自決」が国家誕生の正義となり原理となった。幾多の国が、バルカン半島に、そして中東欧に誕生した。

 ▼求められる経済大国・日本の貢献

 とはいえ、国境線はそのまま民族単位の境界線であるというのは幻想である。民族が国を持ったとたんに、どの国にも国境の内に少数民族を抱えることになった。その民族を抑えるために政治は強権的となり、権威主義体制が確立された。民族自決が国づくりの原則となったればこそ、知恵者ヒトラーは、民族自決を逆手にとって、周辺国のドイツ人の自決や救済を叫び、これを侵略戦争の口実とした。

 世界は、一度はこの苦い教訓から学んだ。戦後世界は、決して言葉の正確な意味での「民族自決」を語らず、少数民族の保護にも触れず、そして既存の国家の分離独立を認めようとはしなかった。「自決」とは「人民の自決」であり、植民地の解放と独立を「人民の自決」と了解され、外圧によらない民主的な国づくりが「人民の自決」と理解されてきた。日本のちょっと古い世代は、これを「民族自決」「民族解放」と呼んだが、その内実は決して「民族」の自決ではなかった。

 それなのに、冷戦終結を境に、世界は、パンドラの箱を再び開けてしまった。世界規模での民主化の動きの中で、住民投票を実施し、民意を反映して独立を宣言するという手順が欧州ではやり、そして今、アジアに広まろうとしている。ユーゴスラビアやソ連の分裂を世界は直ちに認め、国際社会は受け入れた。

 しかし、インドネシアの分離独立の動きに、世界はあたかも無関心を装っているかのようである。アジアでの出来事だし、直接、欧州の平和と安全保障に影響がないから、欧州での関心は薄い。しかし、この行く先を予想することは困難ではない。

 民族対立を世界が放任すれば、民族独立の動きがアジアの他地域に波及することになろう。さもなければ、この国が再び強権的な手段で民族独立の動きを抑えつけ、人権抑圧の体制へ回帰するのを世界は座視することになろう。いずれの道も、アジアの平和にとっても、そして人間の平和にとっても不幸な道である。

 民族紛争を未然に防ぐことなどできない相談であろうか。否である。アジアでも今まさに、多文化、多民族の共生の知恵を出し、仕組みを作ることで、民族紛争を予防することが求められている。人権と民主化の世界のうねりを、今、ここで止めてはなるまい。民主的かつ安定した国からなるアジアの国際秩序の再編に、とりわけ経済大国日本の貢献が求められている。

(神戸大学教授)