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国際論壇時評

【国際論壇時評 1】
吉川 元


北朝鮮の動向と国交樹立の意味

日本独自の北東アジア外交を展開せよ

(2001年1月23日付)


 北朝鮮を取り巻く北東アジアの環境が動きはじめた。南北朝鮮や米朝関係の緊張が緩和し、欧米先進諸国が相次いで北朝鮮と国交を樹立している。わが国と北朝鮮との国交樹立については、国内世論は二分されている。拉致(らち)疑惑やミサイル脅威による北朝鮮への不信感ゆえに国交樹立に反対する世論は根強い。他方では、バスに乗り遅れるなとばかり、国交樹立を支持する声もある。日朝国交樹立問題は、実は日本の援助政策や安全保障政策のあり方について、根本的な問いかけを行っている。

 ▼国際的孤立は周辺国にとって軍事的脅威

 北朝鮮が、今、国際社会での孤立から自ら脱しようとしているのである。国際社会で孤立が続けば、国内経済は困窮し、政治指導者たちは政権や国家体制を維持するために、対外脅威を必要とする。しばしば国際緊張を意図的にあおる。孤立は戦争への道でもある。だから国際的孤立は周辺の国にとって軍事的脅威になる。

 われわれはすでに経験済みだ。第二次世界大戦前の日本の孤立と戦争への道を想起したい。もっとも、国の指導者たちは好き好んで孤立の道を選んでいるのではない。それどころか、国際社会で認知されたいと考えている。国際社会の輪に入れば、経済制裁は解除され、友好関係が確立される。戦争準備にお金をかけなくてすみ、逼迫(ひっぱく)した財源は民生にまわせる。経済的に困窮しても、国際金融機関や主要国からの援助が期待できる。だからわが国との国交樹立は、北東アジアの緊張緩和に、そして戦争の予防につながることは間違いない。

 とはいえ、日朝国交樹立で、日本を取り巻く不安定な安全保障環境の本質が大きく変わるわけではない。わが国が北朝鮮と国交を樹立すれば、経済大国の日本が、それも歴史的な経緯からして、北朝鮮への最大の援助国になるのは間違いない。経済援助によって国が経済的に安定すれば、国際緊張が緩和され、国際平和が実現するとの見方がいまも有力である。

 ▼力によらない平和の創造に貢献すべき

 日本の開発援助政策も、韓国の金大中政権の「太陽政策」も、そうした楽観的な平和観に裏打ちされたものである。

 しかしながら、これまで日本がアジア諸国、とりわけ中国に巨額の援助を続けてきた結果、北東アジアは平和になったであろうか。あれだけ援助をし続けた中国が、わが国にはあいも変わらず軍事的に脅威であり、それゆえにわが国は日米軍事同盟で平和を維持しつづけているではないか。

 相互不信の国際関係があり、勢力(軍事力)の均衡で平和を維持しようとする国際関係の構造がある以上、国交樹立とそれに続く援助がけっして安定した国際平和をもたらすとの保障などない。それに援助することが自由を抑圧する北朝鮮の国家体制の維持と延命に寄与するとなれば、市民の平和を犠牲にした国際平和を求めていることになる。

 それでは、平和国家日本として、政治的にも道義的にも誤りを犯すことにならないか。人権を犠牲にした国際平和など追求すべきではないとの、国交樹立に反対する世論が英米には根強いが、こうした視点はわが国の反対論には欠落している。

 冷戦が終結して、欧米で核兵器の削減を含め、大幅な軍縮と兵力削減が進んでいるというのに、北東アジアでは軍縮は一向に進まず、格好の武器市場となっている。この地域には、国家間の相互信頼を醸成(じょうせい)する枠組みも、人々の安全と平和に基づく国際平和と安全保障を構築する理念も制度もない。結局、今、問われているのは、援助大国日本の国際平和への実際的な貢献である。

 力によらない安定した平和の創造に、日本がいかに貢献するかであろう。まずは、率先して北朝鮮と国交樹立せねばなるまい。しかしそれは、北東アジアでの多国間での共通安全保障体制の構築に向けての長期的な戦略に基づいた国際安全保障政策の一環に位置付けられなければなるまい。無節操な援助大国の、それもバスに乗り遅れた国交樹立では、わが国はますます国際的威信を失うことになろう。

(神戸大学教授)