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(2000年11月21日付)
「日本にも大統領制を導入すれば然るべき政治家がリーダーシップを発揮して様々 な抜本的改革ができるようになる」。よく耳にする話だが本当だろうか?
現在、アメリカの大統領選挙を巡って熾烈(しれつ)な争いがブッシュ・ゴア両陣 営間で続けられている。日本がお手本とするアメリカの大統領制も、実は意外に複雑 な制度であることが、今回の選挙戦で浮き彫りになった。大方のイメージとは逆に、 大統領は実は直接民主制で選ばれているわけではない。
ゴア候補が全投票数では上回るのにブッシュ候補が当選する可能性が高いという。 このような異常事態は今回が初めてではなく、過去にも一八〇〇年、一八二四年、一 八七六年の大統領選挙で同様のネジレ現象があった。一九六〇年、ケネディ対ニクソ ンの大統領選挙でも、ケネディ候補が勝利を収めたものの実は総得票数ではニクソン の方が多かったのでは、との推測もされている。
ネジレの原因は「選挙人制度」による間接選挙である。十一月七日、一般有権者が 各州ごとに代理選挙人を選出。十二月十八日、総勢五百三十八人の選挙人が大統領候 補に直接投票。一月六日開票の結果、多数票を獲得した候補がようやく新大統領とし て選出され、一月二十日に就任する。
各州ごとに選挙人を選ぶプロセスは極めて民主的だが、これら選挙人が大統領を選 ぶ第二プロセスは必ずしもそうではない。まず、ほとんどの州で、最多票数を獲得し た候補がその州の選挙人を全員獲得できる仕組みになっており、負けた候補は一人も 選挙人を取れないため死票が多くなる。また、代理選挙人数の設定は、人口が少ない 州の方が多い州に比べて優遇されており、一票の較差が発生している。
さらに、選挙人がどの候補に投票するかは事実上、個々人の自由意思に任されてお り、例えば共和党指名の選挙人でもブッシュ候補に投票する義務が法的にあるわけで は必ずしもない。「造反者」となってゴア候補に投票することも可能なのが実情であ る。造反しても罰則がない州が多く、あってもせいぜい十万円の罰金程度だ。
過去の歴史では造反者はほとんどいなかったが、一九八四年の大統領選では造反者 が一人出た。造反の動機は「間接選挙制度に疑問を持っており世論を喚起したかった から」というもの。仮に、ゴア候補が総得票数でブッシュ候補に勝るのに選挙人選挙 で負けそうになれば、共和党側の「心ある造反者」数名が「ブッシュ大統領」誕生の 正当性を疑い、ゴア側に寝返る可能性は十分考えられる。
そうなれば一月六日の開票後の土壇場でゴア大統領誕生というシナリオさえありう る。今回のような接戦では、数名の造反者だけで新大統領の命運を左右できる。これ ほど強力な「力」を各州選出の選挙人に与えているのはなぜか?
もともと選挙人制度が成立した背景には、合衆国成立をめぐる連邦と州との深い対 立の歴史がある。同制度が初採用されたのは一七九六年。交通網も連絡網もなく全国 一斉に同時選挙を行うことなどとても不可能な上、選挙権が国民に幅広く付与されて もいなかった。当時の南部同盟支持派は、州政府の地方自治の権利を強く主張して連 邦政府派に対立、「全国直接選挙制度の導入は連邦政府の力を強めかねない」として 強く反発した。結局、両者の妥協の産物として選挙人制度が誕生したのである。
その後、選挙制度改革のため千二十八本もの法案が提出されたがどれも未成立。連 邦政府が地方自治を少しでも縛ろうとすれば、州政府は猛烈に反発してきた。日本と は違ってアメリカの選挙では全国共通の公職選挙法などない。選挙手続き・関連法の 制定から選挙監視に至るまで選挙プロセスはすべて州が管轄。連邦政府介入の余地は ほとんどない。
アメリカと言えばいわゆる「三権分立」を想起しがちだが、中央と地方の緊張関係 が現在の制度全般に与える強烈なインパクトも忘れてはならない。
大統領制とはこのように複雑なダイナミズムの中で機能している。もし大統領がト ップ・ダウンに一刀両断で政策を遂行していると想像しているならば、それは大きな 誤解である。大統領には議会への超党派の根回しはもちろん、地方政府への根回しさ え要求されている。日米の政治事情は実は非常によく似ているというのが現状だ。
日本では大統領制(あるいは首相公選制)の導入こそが改革推進の切り札としてよ く議論されるが、アメリカの状況を吟味(ぎんみ)してみると、必ずしもそれが問題 解決の本質というわけではない。
真の問題は「制度」ではなく「改革への意欲」だ。改革に対する意欲の欠如は、制 度改革で補えるものではない。
(米国・外交問題評議会研究員)