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(2000年10月24日付)
アメリカ大統領選挙に対する有権者の関心は冷めている。大方のところ今回の投票 率は五〇%を下回るとの予測で、この数十年間、投票率の低下は一貫した傾向だ。日 本でもおなじみの「政治的無関心」現象はアメリカでも同様である。
この理由を考えてみると、そこには日米共通の悩みが浮き上がってくる。
まずアメリカでも日本同様、「誰が大統領になろうが自分の生活には影響ない」と の考えが定着してきた点があげられる。約十年にもわたる好景気を経て、大多数の国 民の生活水準が向上し、豊かな暮しを長期間享受してきたため、生活への不安感が感 じられなくなった。
ただしこの政治的無関心の増大は、景気動向にかかわらず過去数十年間ほぼ一貫し た傾向でもある。一九六〇年代以降、南部以外の全地域で投票率は着実に低下してお り、九六年と九八年の国政選挙はアメリカ憲政史上、最低の投票率を記録した。
その背景にはベビーブーマー世代の高齢化というアメリカ社会のマクロ変化があ る。世代交代が進むにつれ、政治のみならず社会活動全般において国民の「社会的無 関心」が定着してしまった。特に九〇年代にその傾向は著しく、国民のNGOやボラ ンティア活動への参加は減少の一途、地域コミュニティーの崩壊さえ懸念されてい る。
ハーバード大学ロバート・パットナム教授は、こうした社会の「絆」の緩(ゆる) みこそが教育等の様々な社会問題の源泉と指摘する。
またこれら社会のマクロ変化に加えて、メディアの報道姿勢や政治家のネガティ ブ・キャンペーン(以下、ネガキャンと表記)等のミクロ要因も投票率を下げる大き な要因、との指摘もある。
米国政治学界では、ネガキャンがいかに有権者の投票意欲を削ぐかという研究が進 められてきた。ネガキャンを一度始めたら最後、有権者は選挙に嫌気がさして投票に 行かなくなってしまい、結局、選挙はどんどん縮小するパイの奪い合いになり、最後 には「汚い選挙」を徹底的に行った候補が勝つというもの。
しかし選挙が終わってみれば、有権者の政治的無関心はますます広がってしまい、 アメリカにおける政治的無関心の増加を説明する一つの要因として考えられている。 このネガキャンから始まる政治的無関心拡大のプロセスは一度始まると、なかなか止 まらない「悪魔のサイクル(循環)」と言える。
さらにこれらの研究では、有権者は本質的に無関心なわけではなく本来は政策に興 味を持っている点も指摘されている。しかし、肝心のメディアが選挙キャンペーンの プロセスばかりに焦点をあてて政策についてあまり報道しないため、有権者とメディ アとの間に大きなミスマッチが生じ、投票率に悪影響を及ぼしているというもの。メ ディアの「政策嫌い」は日本だけではない。
今回の大統領選挙ではネガキャンによる「悪魔のサイクル」にはある程度の歯止め がかかったと言える。テレビ討論会も史上稀に見る「政策中心型」で、ブッシュ・ゴ ア両候補者のビジョンの違いがある程度までわかりやすくなった。
ただ一般有権者の目にはやはりまだ「人格コンテスト」として受け止められがちの ようだ。具体的な政策レベルで両候補者の間に大きな差があるとは思えないと感じる 視聴者も多い。
民主主義の看板を掲げる米国においてさえも、大統領選挙がネガキャンを越えて 「政策ビジョン論争」の入口に辿(たど)りつくまでに、ウォーターゲート事件、ベ トナム戦争、ネガキャンの最高峰ともいうべきモニカ・ルインスキー事件等、国民を 二分する様々な事件から教訓を得る長いプロセスが必要だった。
現在のアメリカ政治は日本政治の「写し鏡」だ。アメリカ大統領選挙を他人事とし てではなく、日本政治への教訓を引き出す“糧(かて)”として見守っていきたい。
(米国・外交問題評議会研究員)