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ニューヨーク実景

連載コラム
「ニューヨーク実景」
椎名亜由子

【5=完】


新型の麻薬「エクスタシー」
驚異的な勢いで人々を蝕む

(2000年12月5日付)


 「E」という俗称で呼ばれるドラッグ(麻薬)、エクスタシー。アメリカの研究室 で生みだされたこの化学物質は、近年珍しい、驚異的な勢いで人々を蝕みつつある。

 ▼「副作用がない」という噂が流行に拍車

 若年層の利用に拍車をかけたのは、副作用がないという誤った噂だ。感覚を鋭敏に し、暗闇の中で踊る際の恍惚感を高めることから、「レイヴ」と呼ばれるダンス・パ ーティを中心として使用が広がった。

 MDMAという化学物質からなる錠剤で、一粒二十ドル前後で取引される。長期の 使用によって鬱(うつ)症状、脳障害などを引き起こすことが実証されており、多量 摂取すると高血圧、けいれんなどを起こし死に至らしめることもある。

 過去一年の間でその存在がクローズアップされ、警察の取締りが本格化した。取引 が本格化し、プロの密売人やマフィアが介入してきたためだ。ニューヨークのケネデ ィ空港で押収されるエクスタシーの量はこの数年の間に急激に推移しており、一九九 六年には八錠のみだったのが、九八年には七十五万錠、九九年には三百五十万錠と増 加が著しい。

 エクスタシーが急速に広まった背景には、アメリカの好景気が見え隠れする。人々 の懐が豊かになったところに、最新テクノロジーを駆使して巧妙に売買を行う犯罪組 織と、中毒にならないなどのエクスタシー神話の相乗効果で爆発的に広がった。

 連邦麻薬取締局の頭を悩ますのは、コカイン、ヘロインなど、従来のドラッグとの 流通経路の相違である。従来のドラッグは主に南米から密輸入されてくるため、警備 も南米方面に重点的に配備されてきた。しかしエクスタシーの八〇%以上はオランダ で生産されると言われており、従来、手薄だったヨーロッパ方面に要員を振り向ける 必要がでてきた。

 また、この密輸にかかわる犯罪組織の大半は、ドラッグの密輸・売買に以前はまっ たく影を見せなかったイスラエルの犯罪組織で、新たな対策が必要だ。小さな錠剤と いう隠し持ちやすい形状も捜査を困難にする一因だ。

 ▼日本の若者にも蔓延(まんえん)の兆し

 アメリカでは今夏だけでもエクスタシーへの対策のために議会が二回召集され、別 個に全米から三百人の法律家、ドラッグの専門家を集めての対策会議が行われた。議 論の焦点は、罰則規定を重くすることによってドラッグの蔓延が防げるのかという点 だ。

 七〇年代、ヘロインを中心としたドラッグの急速な普及に対し、アメリカ政府は厳 罰をもって応じた。結果、ドラッグの使用率は劇的に減少したが、同時にマフィアの 暗躍、不純物の混合による死亡事故なども相次いだ。

 この経験から、主に医師らを中心とする専門家が唱えるのが「ハーム・リダクショ ン(harm reduction)」という対応策である。禁止してもなんらかの 違法な手段でドラッグを入手することが可能であるならば、知識不足や粗悪なドラッ グによる害や事故死を減少させるほうが現実的という考え方である。

 この考えを実行にうつす非営利団体「ダンスセーフ」では、エクスタシーの害、危 険性を説くとともに、MDMA以外の化学物質やその他のドラッグが混合されたエク スタシーは生命に更なる危険をもたらすという信念のもとに、入手したエクスタシー が本物であるかどうかを匿名で調べる無料サービス、自宅で検査が可能のテスト・キ ットの販売などを行っている。同団体は前述のレイヴ会場の入り口での無料テストも 実施している。

 確かにこうした運動は偽エクスタシーによる死亡事故の予防には一部有効かもしれ ない。しかし利用を推進する危険性も高く、批判も多い。実際にこうしたドラッグ政 策の軟化策をとったオーストラリアなどでは使用率が格段に上がっている。

 日本の若者もその害と無縁ではない。「バツ」と呼ばれるそれは、レイヴに通う若 者の間ではかなり浸透しており、会場入口でもアメリカのようにセキュリティ・チェ ックがないので持ち込みやすいと聞く。日本もそろそろ手段を講じる時期にきている のではなかろうか。(在米ジャーナリスト)