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(2000年10月3日付)
無意識下に働きかけるマインドコントロールの一種として「サブリミナル効果」が知られるようになって久しい。アメリカでは、しばらく「なり」を潜めていたこの種の広告が、九月になって久しぶりにメディアを騒がせた。しかも今までのように一般広告ではなく、政治広告、しかも大統領選挙中の政治広告においてである。
問題提起したのはブッシュ・テキサス州知事のテレビ・コマーシャルに関する九月十二日付のニューヨーク・タイムズ紙一面の記事。対立候補のゴア副大統領の政策を非難する部分に十三分の一秒間、卑劣な人物、裏切り者などの意味を持つ「RATS」の文字が大きく浮かびでることを報道し、サブリミナル広告ではないかとの疑問を投げかけた。
この記事を契機にメディア各社がいっせいにこのコマーシャルのサブリミナル効果疑惑について報道し始めた。CNNなどのニュース専門局は、この日一日中、問題のRATSの現れる部分をスローモーションで繰り返し放送した。
当初、広告プロデューサーのアレックス・カステラノス氏は、RATSの文字が一瞬、画面にでてくるのは「ただの偶然」と回答している。
それがニューヨーク・タイムズの記事の掲載後、メディアが騒ぎ出すとスポークスマンを始めとするブッシュ陣営から「『ゴアの政策は官僚(bureaucrats)の決定』というナレーションのメッセージを強調するために挿入された文字メッセージ、「BUREAUCRATS」の一部で、「RATS」そのものにはメッセージ性はない」という説明がなされた。それに伴い、カステラノス氏の説明も「メッセージを視覚面から効果的に挿入する、『ビジュアル・ドラムビート』と呼ばれる広告上の手法の一種」と変わってきた。
▼有名プロデューサーの勇み足かカステラノス氏は攻撃的な政治広告作りで知られる、政治広告界のベテラン・プロデューサーだ。一九九〇年、共和党保守派のジェシ・ヘルムス上院議員のキャンペーン広告では、人種差別をあおるような描写が問題視された。
政治広告の分析で知られる、ペンシルバニア大学コミュニケーション学科長のキャサリーン・ホール・ジャミーソン氏の研究結果では、このカステラノス氏による九〇年の広告にはアフリカ系アメリカ人に対する恐怖を植えつけるようなサブリミナル映像が認められ、アメリカ政治史上、初のサブリミナル広告であると報告されている。
カステラノス氏の広告は、他にも背景にサブリミナル効果を狙った声が挿入されているとの報告があった九八年のフェアクロス上院議員のための政治広告(証拠として提出されたテープには他局での放送時に認められた背景音が認められず、不処分)など、話題には事欠かない。
サブリミナル広告自体は、五〇年代にコカ・コーラの広告のケースで世に知られるようになったが、実証的なデータはなく、いまだに効果のほどははっきりと証明されていない。FCC(連邦通信委員会)ではサブリミナル効果は公益に反し、同効果を用いた広告や番組を放送した放送局には放送権の剥奪(はくだつ)もありうるという規則を定めているが、罰則規定は放送局に対してであり、今回のような場合、CMを制作した共和党全国委員会は罰則に問われない。
今回のRATS疑惑とその対応は、“坊ちゃん然とした好人物”というブッシュ候補の人気の原動力であるイメージを損ねる結果となった。サブリミナル効果が意図的なものか否かはともかく、大統領選も終盤に迫ったこの時期には手痛いロスだ。
とはいえ、ブッシュ候補は今回の騒動の直前にゴア副大統領との三回にわたる公開討議のすべてに応じることを発表し、ゴア候補との政策の相違を熱心にアピールするなど、政治家本来の姿に立ち戻った活動ぶりを見せ、今後の動向が期待されている。同候補が今後の公開討論の場で大統領候補にふさわしい政策を打ち出し、イメージを挽回(ばんかい)するチャンスはまだ十分にある。(在米ジャーナリスト)