![]()
(2000年8月1日付)
アメリカ上院選まで余すところ三カ月。ニューヨーク州ではヒラリー・クリントン 大統領夫人が、無名の若手共和党候補を相手に支持率が四五%の同率という接戦を繰 り広げている。知名度では対抗候補のリック・ラズィオ下院議員にはるかに勝る夫人 が苦戦している理由はなにか――。
苦戦の一因には女性参政者からの支持率の伸び悩みがある。ヒラリー夫人といえば フェミニストにとってはいわば聖像。女性の支持者がさぞや多かろうと思われがちだ が、最近はむしろ女性の中に反ヒラリー派が増えている。
その中心をなすのが「サッカー・ママ」と呼ばれる層だ。郊外で家族生活を営む、 政治的にはややリベラル寄りな層で、大半が大学教育以上の教養レベルと仕事をも ち、コミュニティ活動にも熱心、かつ子どもの教育問題に高い関心を持つのが特徴 だ。車を駆って子どものサッカーの試合に応援に駆けつける姿からこの呼び名がつけ られた。
一九九六年の大統領選でクリントン大統領を支持し、再選に少なからぬ影響力を持 ったことから注目を浴びるようになった、民主党にとっては良きサポーターだ。その 民主党サポーターたちがこの上院選では候補のヒラリー夫人にそっぽをむく傾向が見 られる。その原因は、どうやら夫人のイメージにあるようだ。
ヒラリー夫人といえば敏腕弁護士としての輝かしい経歴でも知られるが、その才気 あふれる言動が人々を圧倒してしまうことがままある。これがある人々の目には知的 に傲慢(ごうまん)な人物と映るらしい。
このイメージを打ち破ろうと夫人はこの半年ほど、各地域でリスニング・セッショ ンと呼ばれる、主にヘルスケア、教育改革に関する円卓公開討議の場を設けてニュー ヨーカーの意見に耳を傾け、質問をしたり、メモをとったりする控えめな姿を人々に アピールしている。
しかし、ヘルスケア改革、教育問題に関して生半可な専門家以上の知識を持つ夫人 にとっては黙っていることが苦痛なことも多いようだ。メディアの報道を通じて、セ ッションの最中にパネリストたちの発言の間違いを正し、高度な質問を投げかけ、相 手が答えに窮すると自ら質問への答えを解説する夫人の姿がしばしば見受けられる。
▼切れ者すぎて敬遠されるニューヨーカーの間で個性ある大衆紙として親しまれている「ニューヨーク・ポス ト」紙は、ヒラリー夫人の出馬宣言以来、夫人を非難する読者の手紙をひんぱんに掲 載している。「リムジンを乗り回し、一般の人を見下した態度をとる」「自分が教育 問題の一番の理解者だと考えている。自分も母親だとは言っても『プリンセス・ヒラ リー』には一般の母親の苦労は分からない」など、痛烈なコメントが紙面を飾る。
サッカー・ママたち、ひいてはアメリカの女性全般が近年、政治的に注目を浴びて いる背景には、アメリカでは女性のほうが男性より投票率が高いこと、経済繁栄と国 外からの脅威低下の中で、健康保険、教育問題など、女性が特に関心を持つ問題が重 要な政治課題として浮上してきたアメリカ社会の現況がある。
支持候補を決めるのに選挙直前まで時間をかけるのもこの女性投票者たちである。 浮動票の行方が勝敗を分けることが多い通常の選挙においては、この女性票が決め手 となることも多い。
しかし、サッカー・ママたちは女性候補に対して概してシビアだ。ウーマン・リブ 世代以降を両親に持つ世代には、女性であることを強調して女性層に訴えかけてくる フェミニストに対して嫌悪感を持つ人が多いのもその一因である。また高い教育を受 けた女性ほど、同性をボスに持ったり、同性から指図を受けるのを嫌う傾向も強い。
ヒラリー夫人は政治的なビジョンを持った、間違いなく聡明な女性である。しかし 男女の別なく、政治の世界ではただの切れ者は敬遠されることがあるのも事実だ。そ の点、クリントン大統領は微妙なさじ加減で人々を圧倒することなく、知性の出し方 をコントロールするのに長(た)けている。
ニューヨーカー、ことに女性参政者に向けて、クリントン大統領流のイメージ戦略 で浮動票を獲得できるか否かがニューヨーク州初の女性上院議員誕生の可能性を握 る。(在米ジャーナリスト)