![]()
(2002年11月5日付)
第2次世界大戦が終わった後、国際的にも、国内的にも、人権の保障の重要性が認識されるようになった。
国連においても、世界人権宣言の採択に続き、それを条約化した国際人権規約(自由権・社会権規約)、人種差別撤廃条約、女子差別撤廃条約、児童の権利条約、拷問等禁止条約、難民地位条約・議定書など十指に余る国際人権条約が作成され、わが国もその多くの加盟国になっている。
しかし、条約を作っただけでは不十分で、その内容を実現しなければ「絵に描いた餅」に終わる。つまり、第1次的には、「国内で」国際人権条約の内容を実施し、それを確保する必要がある。
従来、国内には人権を守るために、警察や裁判所があり、国際人権条約の多くの内容は、憲法をはじめとする多くの国内法によって具体化されているのだから、新しい組織や対策は必要が無いのではないか、という考え方もあった。
だが、国際人権条約の内容が、既存の国内法の中に定められていない場合もありうるし、裁判によって、十分に人権条約に定められた人権が守られていると断言できない場合も、ないわけではない。
裁判には、時間も、お金も、手間もかかる。だから、人権を侵害されても、些細なことなら諦めてしまう。そして、不満だけが沈殿していく。国際機関からは、日本政府に対して、有効な国内人権機関の設置が、「パリ原則」などにより勧告されている。
国内でも、もっと迅速に、手近に、安価に、そしてフレキシブルに身近な人権侵害を救済してもらえる機関への期待が高まってきていた。
小泉首相は、2月5日の施政方針演説の中で「国民一人ひとりの人権が尊重される社会を実現するため、独立性の高い人権委員会を設立し、弱い立場にある人権侵害の被害者を実効的に救済する新たな人権救済制度の整備を目指す法律案を今国会に提出します」と述べ、3月8日、人権擁護法案が参議院に提出された。
この法案は、前述の国際機関や国内の期待に応えるために、作られたはずである。しかし、新人権委員会がマスコミによる人権侵害も被害救済の対象にしていたことから、マスコミが一斉に法案を攻撃した。
自らにかかわる問題領域に関心をもつことは当然としても、そのために法案の真意や多角的視野で、国民にとっての法案の評価の視点を見忘れるようなことがあってはなるまい。野党や世論の一部もこれに便乗して反対したため、継続審議とされて今国会に持ち越された。
新人権委員会の「独立性」批判にしても、韓国の委員会のように三権からの独立ということになれば、わが国では、憲法改正が必要になる。そこまで考えての批判なのだろうか。どうも法案の前向きな内容や汲むべき点はほとんど検討されず、一般国民には十分に内容が理解されずに終わっているきらいがある。
それは、全く不幸なことであり、今国会において是非、前向きの検討を進められるように期待する。
(人権教育啓発推進センター理事長、明治大学名誉教授)