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連載「ニュースの眼」
ニュースの眼

フリーランスが集いシンポ

「現場」から真実伝える使命確認

(2005年12月27日付)

 フリー・ジャーナリズムの課題と可能性を探るシンポジウム「見よう! 聞こう! 語ろう! フリーランス・フェスティバル」(東京大学大学院情報学環、アジアプレス・インターナショナルなど主催)が10日、東大・弥生講堂で行われた。

 これには、第一線で活躍する「独立系ジャーナリスト」や研究者がパネリストとして参加。席上、「フリーになって取材許可が取りにくくなった」「経済的に不安定」などの不利益が挙げられる半面、「本当にやりたい仕事だけができる」「名刺や肩書でなく、自分の人格と熱意だけで勝負でき、やりがいがある」との声も上がった。

 異口同音に聞かれたのは「現場」に立つことへのこだわりと「真実を伝えたい」という使命感の強さだ。

 パレスチナやイラクの戦場などを取材し続けるジャーナリストは「現場に立てば、『なぜこんなことが許されるのか』との怒りがわいてくる。これがエネルギーになる」と語る一方、「大手メディアの特派員は情報を聞きもらすことを恐れてオフィスにこもり、現場に行かない。だから無味乾燥な記事しか生まれない」と強調した。

 アジアプレスの野中章弘代表は「何かに興味をもち、そこにかかわっていくなかで、『これだけは自分の仕事として伝えなければ』という思いが強まっていく。ジャーナリストは、最初から『いる』のではない。現場で取材する中で徐々に『なっていく』ものだ」と語った。まさにその通りだと思う。

 フリーであるか、企業に属しているかは、根本的な違いではない。フリーの中にも、ろくな取材もせずにデマをまき散らす下劣な“自称”ジャーナリストがいる。厳しく峻別する眼を養わなければならない。

 この日、登壇したパネリストは、だれもが、どんな不利益や困難が伴おうとも「現場」に赴き、「真実を伝えたい」との深き思いにあふれていた。この魂こそ、ジャーナリズムの原点であることをあらためて胸に刻みつつ、マスメディアとフリーランスのよりよき共栄の道を模索したい。(落合克志記者)