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(2005年10月18日付)
マスコミによる報道被害が、問題視されて久しい。事件・事故が起きるたび、批判が相次ぐものの、被害者遺族や親族への“心ない報道”は後を絶たない。
近ごろ刊行された、同志社大学教授・浅野健一氏(メディア論)と、精神科医・野田正彰氏(関西学院大学教授)による『対論・日本のマスメディアと私たち』(晃洋書房)を読んでみると、報道被害の構図がいっそう明確になって、理解も深まる。
本書では「附属池田小学校事件」「イラク日本人拘束事件」「JR福知山線脱線事故」など、具体的な事例が扱われ、被害の実情やその原因、日本メディアが内包する構造的弊害について、鋭敏な分析が加えられる。メディアの歴史や新聞記者の労働環境、若者の批判力にも触れつつ、多様な論点から問題の深層部分に迫っていくことで、読者を飽きさせない。
とりわけ、犯罪報道をめぐる議論は、互いの専門領域の交差する領域ゆえに、含蓄に富む対話が展開されている。
例えば、野田氏は、かつて長崎幼児転落死事件で補導された少年が、アスペルガー症候群(発達障害の一種、一般に「知的障害がない自閉症」と言われる)と診断されたことに言及。アスペルガーと犯罪の因果関係はないにもかかわらず、それが報道を介することによって「『アスペルガーは恐ろしい』という偏見」が広まる、その危うさを強く訴えた。
一方、浅野氏は「報道の際は遺族などの関係者に実名にしてよいかどうかを聞いて、その意思を尊重して判断すべき」として、原則匿名基準の導入を主張。その上で「自民党と公明党が犯罪報道を改革して、要するに無罪推定をきちんとして、報道評議会を中心としたメディア責任制度」をつくるべきだ、とも述べた。
今年4月のJR西日本脱線事故でも、実名・顔写真報道や集団過熱取材のあり方が話題になった。現場には、報道される側の感情を無視する姿勢に悩み苦しむ記者もいるが、人権軽視の風潮は一向にあらたまらない。「報道の自由」を楯に、自らを“正当化”する厚かましさもあるだけに、事態は深刻といえよう。
本書は、市民の信頼を失いつつあるマスコミへの警鐘になっている。報道に携わる者が、二人の議論に耳を傾け、一刻も早くメディア改革への歩みを始めねばならない。
(光沢昭義記者)