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連載「ニュースの眼」
ニュースの眼

奈良の小学女児誘拐・殺害事件

被害者の実名報道は遺憾

(2005年2月8日付)

 奈良市で起きた小学女児誘拐・殺害事件は、昨年末から今年にかけて、巷間を大いに騒がせた。この手の事件が起きるたびに、被害者の人権を踏みにじるような報道が問題視される。

 案の定、今回の事件でも、実名報道のケースが数多く見受けられ、被害者の顔写真も衆目にさらされた。だが、その一方で、被害者の人権やその遺族の心情に配慮を示す報道もあった。

 時事通信社の社会部は、女児の母親が「命にかかわるほど、まいっている」との状況を知って、実名報道をあらためた。「重大事件の最大の局面で報道内容に具体性を持たせたかったから」との理由で、逮捕当日は本記のリードのみ実名を復活させたものの、翌日からは再び匿名に戻したという(同社の「編集局だより」参照)。

 遺族の心の傷が深いことは、容易に推測される。なれば、マスコミ報道には、それを慮る分別が求められるにちがいない。本紙一般ニュース面の記事は、その意味から、ここ数年、事件・事故の被害者には原則匿名を貫いている。今回もそれにならい、実名は明かさなかった。

 本紙一般ニュース面のデスクは「原則匿名にして、読者から『報道内容に具体性を欠く』と指摘されたことはない。名前や写真を掲載しなくとも、ニュースの価値が損なわれることはない、その証左にもなっていよう。問われるべきは、報道する側の人権意識ではないか」と述べる。

 時事通信社の報道は、これまでにない姿勢として、一定の評価を下せよう。ただ、多くのメディアが、今なお“報道加害”の立場にある点に変わりはない。「10秒間の好奇心」(浅野健一・同志社大教授)を満たすことは、ジャーナリズム本来の責務に当たるまい。

 被害者やその遺族の悲痛な“心の叫び”を真摯に受けとめてこそ、市民の側に立つマスコミたりえるのではないだろうか。(光沢昭義記者)