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(2004年9月14日付)
今秋、日本で公開される映画「ニュースの天才」の試写会に行った。アメリカ大統領専用機(エアフォース・ワン)に唯一、置かれる政治雑誌「ニューリパブリック」。そのスター記者だったスティーブン・グラスが、捏造報道を繰り返していたという実話に基づく物語である。
41本の華々しいスクープのうち、実に27本の記事が捏造。なぜ、そんな事態に至ったのか。真実を求めるはずのジャーナリストの歯車が狂っていく過程を、編集現場の緊迫感の中で描いていく。とくに興味深いのは、捏造が発覚した後の対処だ。「ニューリパブリック」の編集陣は、グラスが手がけたすべての記事について、徹底した内部調査を行うのである。
翻って、日本のメディア状況はどうか。根も葉もないデマ記事を垂れ流す一部マスコミ。まったくの捏造だと判明してなお、恬として、恥じ入る様子もない。謝罪広告さえ露骨に渋る。その厚顔無恥ぶりは、情けない限りである。
ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が同映画のパンフレットに一文を寄せ、日本の代表的な捏造報道「伊藤律会見記」事件を解説していた。1950年(昭和25年)、アメリカ占領下で、地下に潜伏し、行方不明となった日本共産党政治局員の伊藤律と、朝日新聞の記者が宝塚山中で会見に成功したというスクープ。だが一人の中堅記者の捏造と判明。朝日新聞は社告で謝罪し、縮刷版から記事を削除した。
鳥越氏は「ケアレス・ミスや思い込みによる誤報ではなく、この映画のように、『虚報』つまり、全くの捏造というパターンは実は見破りにくい」と指摘する。
デマや捏造記事は、人権侵害を引き起こすだけにとどまらない。マスコミ全体への信頼性を失墜させる。だからこそ誤報、捏造報道にどう対処したか――そこに言論人としての矜持が、まざまざと表れる。言論に携わる限り、真実に対する誠実さを失ってはならないし、言論を監視する側も真実を見極める眼を磨かなければならない。映画はそう、呼びかけているように感じた。(木村隆志記者)