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連載「ニュースの眼」
ニュースの眼

アジア杯サッカー報道

いたずらに敵愾心を煽るべきでない

(2004年8月10日付)

 サッカー日本代表の2大会連続優勝に沸いたアジアカップ――。熱戦の数々に、酔いしれた人たちも多かったのではないだろうか。ただ、スポーツの祭典だったにもかかわらず、社会やメディアの関心がむしろ、中国サポーターによる“反日ブーイング”に向けられてしまったことは、残念でならない。

 重慶での日本対ヨルダン戦では、応援席に「釣魚島(尖閣諸島)を返せ」との横断幕が掲げられた。北京での決勝戦終了後、会場外で「日の丸」を焼く中国サポーターもいたという。

 大会期間中には、ジーコ日本代表監督が「国歌演奏の時にブーイングをするのはどうしても納得がいかない」「政治的なことはスポーツに全く関係ない」と、異例のコメントを述べた。

 政治的・歴史的背景にまつわる反日感情の高まりが原因とされるが、イングランドやオランダのフーリガンと同様、今回の中国側の応援は明らかなマナー違反だろう。

 もちろん、すべての中国人観客が反日的な行動をとったわけではない。中国国内には、礼を失した振る舞いに批判的な人もいれば、「行き過ぎた民族感情のなかで報復の快感を味わったかもしれないが、スポーツの尊厳を損ない本来の意義を失わせる」(中国青年報)と、指摘する報道もあった。

 そもそも、スポーツ大会の主要な目的には、各国民衆間の善隣・友好促進があったはず。古代オリンピック発祥の故事をひもとくまでもなく、スポーツの交流には、そうした効果が発揮されている。競技大会をどう生かすかという心構えこそ、肝要なのではないか。

 その観点からすれば、日本のマスコミ報道も過敏な反応であったとの批判は避けられまい。サッカーの試合やプレー以上に、中国人サポーターの言動に報道の焦点を当てすぎるならば、いたずらに中国への敵愾心を煽ってしまうことにもなりかねないからだ。

 そうでなくとも、21世紀における東アジア地域の平和と安定を考える時、「歴史の清算」と「未来志向の日中関係」の確立は、不可欠な“公共財”である。メディアはそのことを十分に考慮し、節度ある報道を心すべきだろう。

 19世紀後半、憎悪をかき立てることで、米西戦争の誘因となった「イエロージャーナリズム」――それと同じ轍を踏むようなことは、間違ってもあってはなるまい。(光沢昭義記者)