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連載「ニュースの眼」
ニュースの眼

市民に信頼されるメディアとは

新刊『報道危機―リ・ジャーナリズム論』

(2003年12月9日付)

 メディアと市民の乖離が問題視されて久しい――。

 なぜ、メディアは社会とかけ離れてしまったのか。市民は報道に何を求めているのか。

 新刊『報道危機――リ・ジャーナリズム論』(徳山喜雄著、集英社新書)は、そうしたメディアの現状や課題を真っ向から論じる内容となっていて興味深い。筆者は、朝日新聞時代の記者経験も踏まえつつ、ジャーナリズム本来のあり方について考察を加えていく。

 本書では、メディアと権力、それに市民の三つを軸に据えて議論を展開。権力監視を忘れ、市民から敵視されがちな報道姿勢への警句が随所にちりばめられている。とりわけ、第4章の「ジャーナリズム教育」は斬新な論点として目をひく。欧米の事例を挙げながら、メディアの将来を展望・検証する点など、読みごたえも十分だ。

 サツ回り(警察取材)に始まる“社内の記者育成”では、個性的なジャーナリストを輩出するどころか、記者個々人の特性を伸ばすことも難しい。かといって、今の日本には、欧米のような記者養成機関も存在しない。これでは“視野の狭い内向きな報道人”が生まれてしまうのも、当然の結果といえよう。

 さらに、筆者は、ステレオタイプ(画一的)な記者ばかりでは、国家や文化の枠を超えた問題に対応し得ないとも指摘。米コロンビア大ジャーナリズム・スクールが9・11テロ時の報道に危機感を覚え、実務中心から思想・哲学を重んじる教育プログラムへと転換しつつある例を挙げながら、メディアの復興・再建を検討していく。

 筆者が主張する通り、「新時代に対応できるジャーナリストの養成・研修方法の開発・確立、そして市民に信頼される強靱なジャーナリズムの再構築」が今、切実な要請となっている。(光沢昭義記者)