【Seikyo Media Page】Copyright (C) 1997-2002 by The Seikyo Shimbun.



連載「ニュースの眼」
ニュースの眼

与党・日朝関係議連で兵本達吉氏が講演

拉致解明を遅らせた官僚、政党、報道の責任

(2002年11月12日付)

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による拉致事件の真相究明に早くから取り組んできた兵本達吉氏が7日、与党の「日朝関係と人権を考える会」設立総会で記念講演を行った。共産党の国会議員秘書だった氏は、1998年に党を除名されている。毎日新聞の牧太郎専門編集委員によれば、「(除名の)原因は『拉致事件』だった」(9月24日付同紙東京版夕刊)という。

 兵本氏は87年の大韓航空機爆破事件をきっかけに拉致事件の調査を開始。新潟、福井、鹿児島と失跡現場を訪ね歩き、被害者家族や地元の警察官に話を聞いた。氏によると、「現場の捜査官は『心証としては150%北朝鮮による犯行だと思う』と言っていた。だが警察の上層部は、もし違っていたら国際問題になりかねないし、社会党(当時)や共産党がうるさいからと臆病になった」という。

 78年にはレバノンでも同国人女性4人が北朝鮮に拉致されている。兵本氏は「レバノンでは北朝鮮労働党と友党関係にあった左翼政党が強硬に談判して、被害者の身柄を取り戻した。日本で共産党や社会党は、逆に解決を妨害した」と指摘。「私の知る範囲では共産党が一番悪質、悪辣だった」と断罪した。

 また大韓機事件の直後、実行犯に日本語を教えた日本人女性(李恩恵)の存在とともに、3組のアベック失跡事件がクローズアップされた。しかし「マスコミというのは熱しやすくさめやすい。この話はその後、パッと消えてしまった」と、兵本氏は無念の表情を見せた。

 「警察官僚の保身」「政党、政治家の怠慢」「マスコミ報道の一過性」――これらが幾重にも折り重なって、結局24年もの間、拉致事件にふたをし続けてしまったのだ。

 四半世紀の空白。その原因を突きつける兵本氏の指摘は重い。

 (落合克志記者)